第3話 ヤブヘビ

「あっ…………」


 心が消しゴムを落としたので拾ってやろうとしたら、俺の手と心の手が触れ合ってしまった。

 気まずそうな笑みを浮かべながら目を反らし、顔を赤らめる。うん、定番のシチュエーションだね。最高に可愛いよ、心。でもな……。


「今日だけで十回以上やってるぞ、このやりとり。なんで毎回毎回、赤面できるんだよ、お前は」


 こういうのって偶然起こるからいいんだよ。意図的に何度もされたら、嫌になってくるよ。教師も教師で、袖の下貰ってるから見て見ぬフリしてくるし。

 え? 律儀に拾わなきゃいい話だって? わかってないなぁ。以前同じことをされた時、三回目ぐらいから無視したんだよ。そしたらこのバカ、袋に詰めた消しゴムを百個ぐらい床にぶちまけだしたんだよね。


「あとさ、いい加減に教科書ぐらい持参しろよ」

「えへへ、うっかりしちゃってた」


 嘘をつけ、嘘を。お前一度たりとも学校に教科書持ってきたことないだろ。隣の席の子に教科書を見せるってシチュエーションも、たまにだからいいんだよ。毎日やられたら迷惑でしかないんだよ。

 え? なんで毎回隣の席になるのかって? そりゃお前、コイツの親父が限界を超えて寄付金を投じてるからだよ。なんでも、控除される限度額超えてるらしいよ。普通は節税目的で寄付するだろうに、娘のワガママのためだけに……。親バカというかバカ親というか……。


「でもさ、ドキドキしない? なんか」

「パーソナルスペースを侵害されてストレスがマッハだよ」

「えっ? それって私を女の子として意識してるってこと? もー、授業中に口説かないでよ」


 違うよ、エネミーとして意識してるんだよ。遠くに行けと言われて、なんで恋愛対象として意識されてるって話になるんだよ。どういう思考回路してんだよ。特殊な育ち方しすぎだろ。

 それとさ、黒板の日直にあいあい傘を描くのやめない? 多分古い漫画で得た知識なんだろうけど、とりあえず迷惑だからやめてくれない? おかげで毎日、俺らが日直固定なんだけど。

 ちなみにだが俺らに限り、授業中のお喋りが容認されている。席が隔離されているとはいえ、他の生徒が可哀想でならないよ。一番可哀想なのは俺だけど。




「やっぱりお昼ごはんは屋上だよねー」

「……天気に恵まれたな」


 心の発言は基本的に意味不明だが、これに関しては全面的に同意する。他の生徒がいない上に、眺めもいい。風も良い具合に吹いていて気持ちが良い。

 でもさ……。


「ご存知だったら申し訳ないが、ピッキングツールは持ち歩いちゃダメだぞ?」

「たまたま扉の前に落ちてたんだけど? 見てたよね?」

「……そっか」


 そう、今時屋上なんて開放されてるわけがないんだよ。生徒が屋上で青春するなんて、漫画の世界だけだよ。


「しっかしいつ見ても器用だよな。俺には、カチャカチャと針金で鍵穴をほじってるようにしか見えなかったぞ」

「ピックの高さを体が覚えてるからねぇ」

「……へぇ?」


 よくわからないけど凄いな。凄いけど、一般人が身につけちゃいけない技能だと思うよ。ピッキングツールを見た感じ、ただの針金でも代用できそうだし。


「てかさ、なんでわざわざピッキングしてんだ? お前なら鍵ぐらい貰えるだろ」

「あはは、それは色々と問題になっちゃうよ。生徒が勝手に破ってるけど、教師は気付いていないって体を保たないと」


 笑顔でとんでもないことを言ってるよ、この人。寄付金頼りの私立とはいえ、こんなことが許されていいのか?


「それにさ……」

「それに?」


 意味深に言葉を溜め、澄んだ目で空を見上げる。何も知らない人が見れば、映画のラストシーンっぽく見えるかもしれない。いかにも良い感じのセリフ言いそうな雰囲気だもん。まあ、でも……。


「鍵をこじあけて侵入するほうが、青春って感じしない?」


 実際はこんなもんだよな。イカレ女が、人の心を打つようなセリフを吐けるわけないもん。知ってた、知ってた。


「うーん……。確かに屋上に忍び込むのは、青春と言えば青春だけど……」

「でしょ? わかってるじゃない」

「毎日忍び込んでたら、風情なくない?」


 そりゃね、一回目はワクワクしたよ? ピッキングなんて生で見られないしね。バレたら確実に怒られるというスリルもあったし(まあ実際のところは、黙認されてるわけなんだけども)。


「それってつまり、マンネリってこと?」


 おっ? 珍しく俺の言いたいことが伝わったぞ? 熱でもあるのか?


「言っちゃ悪いけど、そうだな。消しゴムを落としたり、教科書を忘れて机をくっつけたり、子供の頃俺が好きだったお菓子を出して幼馴染感を演出したり、いずれも毎日やるようなことじゃないんだよ」

「なるほどー、新鮮味が大事なんだねぇ」


 俺の言葉に感銘を受けたのか、うんうんと頷きながらメモを取る心。……あっ、もしかして余計なこと言っちゃった? 俺は単純に『もうやめろ』と言いたかっただけなんだが、心は『新しいアプローチを考えてくれ』と解釈したんじゃ……。

 いかん! コイツのアプローチなんて絶対にろくなもんじゃない! 今すぐにでも止めねば、取り返しのつかないことに……。


「よしっ!」


 俺が止めようとしているのを察したわけじゃないだろうが、おもむろに立ち上がってクルクルとその場で回り、キメ顔で俺を指差しながら口を開く。


「絶対メロメロにしてやるぜっ」


 ……えっ? なんか今……ちょっとキュンとしたんだけど? 何……? この気持ちは……。なんていうか、初めてまともなアプローチを受けたような気が……。

 もしかして計算通りなのか? ワイルドな雰囲気でギャップ萌えを狙ったのか?


「無人島はこの前やったし、次は廃墟で囚われの姫プレイかな? いや、シンプルに催眠術……? あえてVRを使ってみようかな? それとも、学校にテロリストが来るパターンでいくべき?」


 うん、多分違うな。完全に素だわ、天然だわ。下手に頭を使わないほうが魅力的なようだし、もう二度と頭を使わないでほしい。

 とりあえず酷い目に遭いそうだし、今のうちから覚悟決めとくかぁ。

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