第3話 武器の選択

 四ツ谷さんの説明によれば、強化系スキルは大きく三つに分類されるらしい。


「まず、腕力や脚力など身体の一部分だけを強化する『部分強化』

次に、複数の部位をまとめて底上げする『複合強化』

そして最後に、全身をまるごと底上げする『膂力強化』です」


 なるほど、と頷きながらも、どこか自分のこととは思えなかった話が、徐々に現実味を帯びてくる。


「前者の二つは、必要に応じて発動する“アクティブスキル”に分類されます。

ですが、膂力強化だけは常時発動型の“パッシブスキル”なんです」


 常時発動──つまり、いつでもフルパワーということか。

 便利そうに聞こえるけれど……。


「そのぶん、エネルギー消費がとても激しいんです。

とくに膂力強化は、日常生活でもカロリーの消費量が跳ね上がります。

常に空腹感に悩まされるという報告も多いですね」


「そんなに……?」


 なんとなく予感はしていたが、想像以上にシビアな現実が待っているようだった。


「実際に、過去に【剛力】という膂力強化スキルを得た探索者が、

空腹のあまり路上で倒れてしまった……なんてケースも、何件もあります」


「行き倒れるのかぁ……」


「はい。だから、膂力強化系探索者の間ではカロリーバーや携帯食料を迷宮探索外でも常備するのが当たり前なんです。

とくに迷宮内で力尽きでもしたら──まず、生きて帰るのは無理でしょうね」


 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。

 ただの空腹と侮るわけにはいかない。

 極限環境で動けなくなるというのは、即ち“死”を意味する。


 それに、ただ食べれば解決する話でもない。


 偏った食事では体調を崩すし、過剰なエネルギーを雑に補えば、やがて内臓にも負担がくる。

 栄養バランスを考えずに詰め込めば、いずれ深刻な不調に陥るだろう。

 下手をすれば痩せ衰えて動けなくなる──そんな言葉が頭をかすめた。


(これは、真剣に食生活を見直さないとまずいな……)


 カロリーバーといっても種類は様々だ。

 甘いもの、塩気のあるもの、しっかり噛み応えがあるもの……

 三種類くらい常備しておけば、少しは飽きずに続けられるだろうか。


──ただ、問題はコストだ。


(……待てよ。膂力強化って、行き倒れるくらい空腹になるってことは……

三食+間食じゃとても足りないだろ……?)


 このままだと稼いだ報酬はほぼ食費に消えるかもしれない。

 むしろ赤字すらあるのでは……?


 そんな不安が頭の中をぐるぐる回っていたときだった。


「四ツ谷ちゃん、その子は新人かい?」


 販売部に着いた瞬間、ふわりとした声が出迎えてくれた。

 穏やかな笑顔を浮かべたおじいちゃん──いや、好々爺という言葉がよく似合う男性だった。


「はい。先ほど迷宮でスキルを取得して、装備選びに来ました。

後はお願いしますね」


 四ツ谷さんはそう言うと、小さく手を振って受付の方へ戻っていく。

 その去り際、こちらの「ありがとうございました」の声に振り返り、ふっと柔らかく笑った。


 今まで淡々としていたのに、その表情はなんというか──とても綺麗だった。


「天霧幽理です。よろしくお願いします」


 慌てて名乗り、おじいちゃんの方へ向き直る。


「はいはい、よろしくね。

大原安綱おおはらやすつなだよ。

販売部にはだいたいいるから、困ったことがあったらなんでも言ってくれな」


 そう言いながら、大原さんは幽理の腕や肩を軽くぺたぺたと触る。


「おお、無駄がないねぇ。バランスのいい体してる。

筋肉質すぎず、武道の癖もついてない。これはどんな武器でも馴染みそうだ」


「……そうなんですか?」


「うんうん。だから自分の好みで選んでいい。

まずは実際に握って、振ってみて、感覚を確かめるのが一番さ」


 せっかく膂力強化を得たのだから、それに見合う武器を選びたい。

 ──切るより、殴る方が自分には合っていそうな気がする。


 けれど、店内をざっと見渡すと、刃物系──刀や剣、ナイフ──の種類は豊富だが、

打撃系は種類も数も少ない。

メイスやウォーハンマー、警棒のような軽装備はあるが、どうにも限られている。


(剣って、切れ味だけじゃなくて振り方や角度も大事だしな……)


 西洋剣は重量で押し切るとよく言われるけれど、

結局「刃を立てて当てる」動作が必要だ。

未経験者の自分には難易度が高すぎるだろう。


 とりあえず、近くに置かれていた金棒を手に取ってみた。


 黒光りする金属の塊のようで、いかにも昔話に出てくる鬼の武器みたいだ。

 見た目よりずっと軽く感じる。


「おお、軽々と持ち上げるねぇ。あれ、ずっしり詰まってるんだけど?」


「……多分、スキルのおかげです」


 苦笑しながら返すと、大原さんが「じゃあ、これなんかはどうだい」と壁を指差した。


 そこに立てかけられていたのは──漆黒のハルバート。


 長い柄の先に斧の刃を備えた、槍と斧を兼ねるような形状。

 通常なら反対側に突起や鉤爪がついているものだが、これは代わりに分厚い打撃面が備わっている。


「これはね、突きも切りも打撃もできる“万能型”だ。

扱えるならオススメだよ。間合いも長いし、応用も利く」


 試しに持ち上げて、軽く構えてみる。


 ──重すぎず、軽すぎず。振ったときの手応えも心地いい。

 重量のバランスが見事で、何より“振り切ったときの感触”がしっくりくる。


「……これ、いいですね」


「重いからって、今まで誰も選ばなかったけどさ。

せっかくの縁だし、安くしとくよ」


 そう笑う大原さんの気遣いが、ほんの少し胸に沁みた。


 財布の中には、小学生の頃から地道に貯めてきたお年玉やお小遣いが詰まっている。

 同世代の友達より遊びに使わなかったぶん、多少は多いはずだ。


 だけど──装備一式を揃えるとなれば、話は別だ。


「……三十万で、一式揃いますか?」

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