第4話 劣等生と天才先輩(3)

講堂裏の庭園から少し離れた東の回廊――

ステンドグラス越しに柔らかな光が差し込む静かな一角。ここは、上級生でもあまり使わない読書スペースだという。


セリアに案内され、ユウリは古びた椅子に腰を下ろしていた。


「まさかこんな場所があるとは……。さすが三年生って感じですね」


「ふふ、ここは静かで考えごとに向いてるのよ。落ち着いて話ができる場所が欲しかっただけ」


紅茶の入ったカップを渡され、ユウリはわずかに眉を上げた。


「これ、わざわざ……」


「一応、礼儀としてね。さっきの活躍を見たら、無視はできないわ」


「……まあ、勝手に動いただけですけど」


ユウリはカップを受け取りながらも、表情を崩さない。

だが、セリアはその沈黙に違和感を覚えていた。


(驚かない。照れもしない。――自分が“注目された”ことに、慣れていない顔)


「ねえ、あなた。魔法が使えないのに、どうしてあんなに冷静だったの?」


「知識があるだけです。魔法式の構造と癖を、ただ暗記してただけ」


「……本当かしら?」


その問いに、ユウリの目がわずかに揺れた。


「どういう意味ですか」


「普通、あれだけ暴走してたら近づくのも怖いもの。なのにあなたは、“迷わず飛び込んだ”。ただの暗記屋じゃ、あそこまで動けないわ」


その言葉に、ユウリはしばし黙る。


やがて、ぼそりと呟いた。


「――たぶん、俺はああいう“異常な場面”のほうが、落ち着くんです」


「……?」


「記憶を失ったのは五年前。気がついたとき、俺の周囲には崩れた建物と、ぐちゃぐちゃになった魔法陣があった。あれが……“最初の記憶”なんです」


セリアの瞳に、ほんの一瞬だけ影が走った。


「つまりあなたの本質は、混乱の中にいるほうが自然ってこと?」


「皮肉なもんですよね。魔法の才能はなくても、“崩壊した魔法”には詳しいんですから」


苦笑混じりに言ったユウリの言葉に、セリアはゆっくりと頷いた。


「なるほどね……。なら、ますますあなたに興味が湧いたわ」


「なんで?」


「私も――探してるの。“この学園の裏側”を」


ユウリは、無言のままセリアの顔を見る。


その瞳に映るのは、ただの優等生ではない。

何かを追っている者の目。目の奥に、得体の知れない炎を宿していた。


「協力したいとは言わないわ。でも……またどこかで、あなたと“交わる”気がする」


「予言でもするんですか」


「いえ。直感。ただ、あなたの観察眼に負けないくらい、私も人を見るのは得意なの」


不思議な余韻が流れる。


この瞬間、確かに“出会い”が始まった。

魔法が使えぬ少年と、星の才女の少女。

ふたりの間に生まれたのは、まだ名もない絆だった。

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