第6話 一緒に下校
九条瑠璃がファイルを閉じる乾いた音が響くと同時に、白河澄玲は椅子から跳ねるように立ち上がった。
「じゃあルリ先輩、あとは任せてください! 透、帰るよっ」
有無を言わせぬ笑顔で手をつかまれた一ノ瀬透は、氷漬けの理性ごと廊下へ引きずり出される。
薄桃色の夕陽が差し込む廊下を、二人分の足音がリズムを刻む。
「……なあ澄玲。俺、今日は寄り道せずに――」
「ダメ! 転入初日に一人で帰宅なんて寂しすぎるでしょ?放っておけないよ!」
腕を絡められ、透は背筋をこわばらせる。前方の教室からは残っていた生徒が歓声を上げ、「白河さんと新入りくん!?」と好奇の視線が突き刺さった。
学園を出ると、春風が頬を撫でていく。
「さっきはごめんね。転入早々、注目浴びせちゃって」
澄玲が小さく舌を出す。
「……わかっててやったろ?」
「うん。透って“自分を隠すと損するタイプ”だもん」
昔と変わらぬ屈託のない笑顔に、透の胸が不意に軟らかくなる。
電柱の影が長く伸びる道を並んで歩くうち、話題は自然と一年前の“面白い作品を作ろう”という約束へ。
「あのとき、私だけ転校しちゃって未完だったからさ。文化祭で完結させよう?」
「TRICK★STAR PROJECTは“完結”ってレベルじゃないぞ。失敗したら公開告白なんて――」
「成功すれば“最高の嘘”で皆をワクワクさせられるよ。……それに、透ならできるって信じてるから」
真剣な眼差しに射抜かれ、透は言葉を失う。照れ隠しに首をかくと、澄玲はクスクスと笑った。
駅前の交差点を過ぎたところで、澄玲が足を止める。
「ねえ、今日このあと予定ある?」
「いや、特に――」
「じゃあ決まりっ。透の家、久しぶりにお邪魔してもいい?」
「は!?」
「資料もらったし、まずは作戦会議しよ。」
にこっと無垢な笑顔。
「ちょ、ちょっと待て! 部屋、引っ越し箱まだ片付けてないし――」
「大丈夫! 私、片付け手伝うの得意だから♪」
言い切ると、澄玲は透の手を再び握り、住宅街へと方向転換する。
暮色の空に一番星が瞬く。二人分の影が歩道に寄り添い、足音が少しずつシンクロしていく。
透は観念して口を開いた。
「……わかった。だけど文化祭までに“極秘企画”を形にするとなると、相当タイトだ。今日から本気でやるぞ」
「うん! そのやる気、待ってた!」
嬉しそうに跳ねる澄玲。その横顔を横目で見やりながら、透は小さくため息を漏らす。
――計画通りにいかない人生は、案外悪くないかもしれない。
「おじゃましまーす!」
ドアが開く――“嘘”と“約束”に満ちた文化祭への秒読みが、音を立てて動き始めた。
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