第26話 ウィリアム=レイ
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白に近い金髪の男――ウィリアムは、胃がキリキリとして、嫌な汗を流していた。
和風城の門前。彼は数十人の優秀な部下を率いていた。だが目の前に立つ男が相手では全く意味をなさず、敵対すれば簡単に命を奪われるだろう。
「この方はもしかして……」
緊張で普通に声が出す事も難しい。どうしてもいつもの柔らかい口調ができず、どこか強張ってたどたどしい。
「天衣ショウ。世界最強の犯罪者だ」
あっけらかんと、アタルが紹介した。
「…………何故、ここに連れて来られたのか。訊いてもいいかな?」
ウィリアムは、アタルがジャスパーと内通している事を疑ってはいない。彼が駆け出しの頃から知っており、この国に敵意を持つ人物ではないと信じている。
だからこそ分からなかったのだ、アタルがショウの隣にいる理由が。
「コイツは一人で此処に来るつもりだったらしい。それなら俺達が同行した方がマシだろ?」
アタルがショウに話し掛けたのは、ウィリアムに気を遣った結果だ。仮にショウだけがここに来たら無駄に騒ぎとなり、会話するより先に戦いが勃発するかも知れない。
「それは、まぁ確かに……」
だったら予めメールで知らせろよと思いつつ、ウィリアムは緊張した様子で視線の方向を変えた。
「それで天衣ショウ君。どのような用件でここに来たのか、聞きてもいいかな?」
ウィリアムとしてはある程度の予想はできているが、それでも一応確認しなければならない。
「噂によると、祠に眠る特例指定モンスターのメカルテが解き放たれ、カーネリアンに操られているらしいですね……」
これはまだ報道されていない事実だ。混乱を避ける為と言いつつ、ウィリアムが先延ばしにしている事を、当たり前の様にショウは知っていた。
「…………。やはり……。情報は洩れない様にしたつもりだったが……」
ここにショウが来た時点でウィリアムも大体は察している。だが内心、安堵していた。というより諦めがついていた。
「彼等は〈強制銃〉という魔道具を使い、撃ったモンスターを支配できる。まさかメカルテまで操れるとは、正直驚きましたね。とはいえ、時間の問題です。そう長く操り続けるなんて、彼らには難しい」
彼が知っている事とはいえ、一応こちらも知っていると教える為にショウも丁寧に説明を始める。
「…………ッ」
ウィリアムの背後で控えるエリカは、悲しそうな表情で歯噛みしていた。
「――ですが、巫女であるクラリスの命を使えば、しばらく支配力は持続できる。恐らく一週間以内に再びカーネリアンは現れ、クラリスを攫いに来るでしょうね」
ショウは知っている、今のメカルテが弱体化した状態だと。カーネリアンの開発した強制銃は現段階で70レベル程度のモンスターしか支配できない。
だが巫女の魂は特殊で、メカルテに吸収させる事で一時的に弱体化できる。だからこそ今は強制銃の効果範囲内なのだ。
「クラリスの命が、君の狙いか……?」
肩を竦め、何もかも諦めた様だった。ウィリアムの声に力はない。彼はクラリスが死なない様に手を尽くしていた。
カーネリアンに襲撃された事を隠していたのもそうだ。
クラリスさえ殺してしまえば、メカルテは力を取り戻す。強制銃から解放されるのだ。
今の段階では世界中にクラリスは死を望まれるだろう。世界の為、カーネリアンの力を削ぐ為に、尊い犠牲となれと強いられる。
だからウィリアムは信頼できるアタルやヒイラギを招き、クラリスを守る術を模索しようとしていた。
だがショウが嗅ぎ付けてしまった時点で、彼はもう諦めざるを得ない。
恐らくわざわざ出向いたのは確実にクラリスの息の根を止める為。そう考え、ウィリアムは大きく溜息を吐いた。
「…………ッ」
エリカは悔しさで体を震わせ、クラリスが殺される未来を想像し、眩暈がしていた。だが何も自分にできる事はないと諦め、ギュッと服を握り締める。
「……クラリスの命を狙っているのは、僕ではなく貴方達でしょう?」
ショウはウィリアムの目を見て話す。彼はゲームで見て知っているのだ、クラリスがエリカに殺される事を。
周囲の声を変えられず、ウィリアムがクラリスを殺す決定に逆らえなかった事を。
「…………ッ」
ウィリアムは少し違和感を覚えていた。エリカも同様に引っ掛かりを感じたらしい。
「貴方達がクラリスを殺そうと考えている。他国のテイマーであるアタルやヒイラギまで集め、今日その結論を出すつもりだ。カーネリアンが強力なモンスターを率いて、世界を荒らし回ったら大変ですからね……」
アタルとヒイラギがまだ知らない事を説明しつつ、ショウは話を進める。
「…………。だったら君がここに来た用件は何かな……? さっきの口ぶりから、クラリスを殺す気がない様に聞こえたが……」
小さな違和感。だが縋る様な思いだった。彼は認めたくないだけで気づいているのだ、自分の力だけではクラリスの命は守れない事を。
だからショウという最強のテイマーが味方になって欲しい。ウィリアムは彼に希望を抱かずにはいられなかった。
「僕がクラリスを護衛するんで、しばらく泊めてくれませんか? 拒否したり、クラリスを無理やり殺した場合、僕が貴方達を殺します。拒否権はないと思ってください」
別にショウは本気で殺す気はない。だがこれくらい言わないとクラリスの殺害を強行する者が現れる危険もあり、周囲の納得も得られにくいだろう。
だからウィリアムが周囲に話を付けやすい様に、あえて乱暴な事を言う必要があった。
「「「…………ッ」」」
多くの者が狼狽え、恐怖に身を固める。だがウィリアムとエリカはショウの気遣いを察していた。
到着早々いきなり話が進んでいるが、アタルとヒイラギも話についてこれており、何となく状況を理解していた。ショウも本気で殺す気はないだろうと思いつつ、ジッと話を聞いている。
「勿論、上級回復薬も持ってきました。エリカちゃん、これあげるから、とりあえずクラリスを治療しておいで」
背嚢から二本のボトルを取り出し、ショウはエリカに手渡す。
「……は、はい!」
ボロッと涙が溢れ、ボトルを受け取ると大きくエリカは頭を下げ、すぐにクラリスの方へ駆け出した。
「…………。君の目的は分かったが、動機が分からないな。何故君がクラリスに義理立てする必要があるんだい?」
ウィリアムとしては泣いて喜びたいほど嬉しい展開だ。しかしショウの動機は見当もつかない。
彼とクラリスは会った事すらないはず。それなのに肩入れする理由は何なのか。考えても答えは出なかった。
「彼女は餌ですよ、カーネリアンを釣る為の」
これは本音だ。実際にショウはクラリスを餌に敵を誘き出そうとしている。少し気不味いのだろう、小さく溜息を漏らし、目を逸らしている。
「…………なるほど。単純な善意よりは納得のできる答えで安心したよ」
ウィリアムは彼の言葉を聞いて、覚悟を決める。アタルも同様だった。
この街を出れば死んでしまうクラリスを、どうにか無事に脱出させる方法があるのかと思えば、そうではなかった。
ショウはメカルテを相手に、真正面から戦うつもりなのだ。当然カーネリアンも主力を揃えて挑んでくるはず。その上で、まとめて皆殺しにする。それこそが彼の選んだ道。
あまりにもシンプルであり、傲慢な姿勢。
ウィリアムが予想できなかったのも当然だろう。普通なら考えもしないのだ、伝説のモンスターと対立する道なんて。
「す、すまないが、僕は用事が……」
自分だけ逃げようとするヒイラギ。「待て。ここまで来ておいて逃げんな」とアタルが彼の腕を掴んで引き留めていた。
――――――――
〈あとがき〉
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