第12話 マリーの過去 魔鳩
「マリー…?おはよう…朝だよ、そろそろ起きよっか?」
同じベッドの中、ガボールの優しい声が私の耳を心地よく揺らして、目を覚ましてくれる。
「うぅ…ん…おはよぅ…ガボール…」
私はまだ半分夢の中で…寝惚けた声で返事をする。ガボールはそんな私の様子を見て…ふふっと愛おしさ混じりに苦笑を洩らして・・・
ああ…これは…夢だって…
目の前の幸せな光景を見て…何となく私は理解した。
この光景はもう二度と手に戻らないもの…
私の大切な思い出。
ガボールに手紙を送った後、またマウの側に戻って…私はいつの間にか眠ってしまっていたんだろう・・・
起きなければと思うけれど…
夢は醒めてくれない・・・
私をあの幸せな頃に戻して…そして…またあの絶望を私に思い出させるのかな…
ーーーーーーーーーー
ガボールの両親が亡くなったあの痛ましい出来事から1年半が経ち、マリーは15才となった。ガボールもあと二ヶ月もすれば15才となり、2人は正式に籍を入れる事が出来る。
マリーの両親はマリーが15才になった際に、少し早いけれどマリーの生活の拠点をガボールの家に移すよう2人に勧めた。
いきなり2人だけで暮らし始めるより、ゆっくりと慣らしていった方が良いと考えたからだ。
そして2人はすぐに一緒に暮らし始めた。
「僕は先に降りて、朝ご飯の準備をしてるからね。マリーはゆっくり降りてきておいで。」
ガボールがマリーの柔らかな胡桃色の髪を愛おしそうに撫でながら、優しく囁く。
それがまだ夢見心地のマリーの頭と身体に、心地よく染み渡っていき…
「うん…ねぇ、ガボール?いつも…ありがと…」
たまには自分が早く起きて、ガボールに朝ご飯を作ろうとマリーは思うのだけれど、朝の…この心地良さに負けてしまって、ついついガボールに甘えてしまう。
だから感謝の言葉を、いつも伝えているのだけれど…
「ふふっ、うん。じゃあ下で待ってるね。んっ…マリー、大好きだよ。」
それを聞くとガボールは優しく微笑んでから…マリーの額に口づけをしてくれる。
「うん…私も…大好きっ…すぐに着替えていくね。」
「うん。」
そしてガボールが部屋を出て、下に降りてってしまうと…
(はぁ…幸せだなぁ…早くガボールとの赤ちゃんが欲しいなぁ…赤ちゃんが出来たら・・・)
マリーはガボールの匂いが残る毛布をギュッと抱きしめながら、この先の幸せを想像して…顔を緩ませてしまう。
いつものように少しだけ…その幸せをまだ寝ぼけている頭で堪能してから、着替えてリビングに行く。
すると朝ご飯のいい匂いがして…そこでやっとマリーの頭と身体が目を覚ます。
「うーん、いい匂いっ!ガボール、今日も美味しそうだねー♪」
彼女の明るい声がリビングに響くと、
「うん、いつもと同じメニューだけどね。でもいつもそう言ってくれて、嬉しいよ。しっかり食べて、今日も一日頑張ってね。」
ガボールが穏やかな声でそれに応える。
「任せてっ!今日も皆を驚かせちゃうような大物獲ってきちゃうんだからっ♪」
「ふふっ。期待してるね。でも無理はしちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ、大丈夫っ!もう私、一人前の狩人なんだよ?それに…何かあったら、この子にガボールのトコまで飛んでいってもらうんだからっ。ねっ、イレーネ?」
マリーが窓の方を向いて声をかけると、そこには窓枠で羽を休めている真っ白な鳩が居て…
「クルッポーーー」
その鳩が、マリーの問いかけに一鳴きして答えた。
「ふふっ、イレーネは良い子だねー。」
マリーはそう言って優しく目を細めた。
ーーーーーーーーーー
3ヶ月程前に、エカルラが拾ってきた鳩。
マリーの家で夕食を食べ、一緒にガボールの家へと帰ってくると、いつもなら屋根の上で待っているエカルラが玄関の前にいた。
「あれっ、エカルラどうしたんだろっ?」
マリーが走って近づいていくと、エカルラが嘴で自分の足下を指し示した。
「えっ?」
エカルラが示したそこには全身が傷だらけで、翼はもう半分千切れかかっている鳩が一羽、地面に転がっていて…
「ハァ…ハァ…エカルラ、マリー、どうしたの?」
すぐに走って追いかけてきたガボールが後ろから尋ねてきた。
「エカルラがね、この子を拾ってきたみたいなんだけど…助けてあげられないかな?きっとエカルラ、この子を助けて欲しくて拾ってきたんだと思うの。」
マリーがそう言ってエカルラに目を遣ると、そうだと言わんばかりに翼をバサバサっと動かした。
それから、後からのんびりとやって来たラリーが、クゥーンッ…っと小さく鳴いて、ペロッ…ペロッ…っと鳩の翼を優しく舐め始めて…
「うん。分かったよ。ここまで傷付いていると…ちゃんと治癒出来るか分からないけど、やってみるね。」
既に虫の息だった鳩をガボールは優しく抱き上げて、家の中へと入った。
リビングのソファに座り、皆が見守る中でガボールが祈りを捧げ始める。するとすぐにガボールは全身から力を持っていかれるような感覚を感じた。
そしてガボールは、この感覚に覚えがあった。
前にエカルラを治癒した時に似てる…
あの時のエカルラも死の淵に居た。ならばあの時と同じように…
ガボールは強く回復を願うと同時に自分のチカラを分け与えるように祈り続ける。
その姿を見て、マリーはガボールに何か特別な感覚を覚えた。ガボールの両親ともルズーロとも違う…彼独特の祈り。
もしかしたら…ガボールはすごい聖術師になるんじゃないかな…
マリーには何となく…そう思えた。
それから小1時間程経って、
「ふぅ…きっとこれで一命は取り留めたはずだよ。」
ガボールが疲れ切った表情でそう口にして、ソファにボフッっと寄りかかった。
「ガボール、お疲れ様。この子の傷の手当ては私がやるから、そこで休んでてね。」
そう言うとマリーは、小さく息をしている鳩の血だらけの身体を丁寧に拭いてやり、手慣れた仕草で傷口に薬を塗って包帯を巻いてあげた。
それから毎日ガボールは家に帰ると鳩に祈りを捧げ、マリーは傷跡の手当てをし、餌を与えていった。
そうして2人で少しずつ治癒をしていくと1ヶ月程で、鳩はまた空を飛べる程に回復して、
「また空を飛べるようになって良かったねー、イレーネ。」
気持ち良さそうに空を舞う鳩を眺めながら、マリーがそう話しかけると、
「クルックーー」
空から鳩が鳴いてマリーの声に応えた。
「ふふっ。あの子…イレーネって名前がすっかり馴染んだみたいだね、マリー。」
ガボールが後ろからマリーに話しかけた。
「うんっ、ガボール。でも…本当に私が名前を付けちゃって良かったの?ガボールも付けたかったんじゃないの?」
「僕は、マリーに名前を付けて欲しかったんだよ。イレーネはマリーに贈りたかったから…
少し早いけど…マリーへの誕生日プレゼントだよ。きっとあの子は特別な鳩だから…マリーの身に何かあったら僕の元に飛ばしてね。」
少し照れくさそうに、けれどいつもの穏やかな笑顔を浮かべて、そう口にしたガボールを見て…マリーは破顔した。
「えっ…うっ、うんっ!ガボール、ありがとっ!!じゃあ、明日から狩りにも連れて行くねっ!」
それからマリーはどこへ行くにもイレーネを連れて行った。
離れていてもイレーネを見れば、ガボールがすぐ側に居てくれるような気がした。
ーーーーーーーーーー
「マリー、どうかしたの?ぼーっとして。もしかして…まだ寝ぼけてるの?」
ガボールが少し揶揄うように声をかけると、
「もうっ、違うよっ!イレーネとのコトを思い出してたのっ!何かさ…あの子は…私達の赤ちゃんみたいだなって…」
マリーは最初、膨らませていた頬を最後は薄く桜色に染めて恥ずかしそうにそう言った。
「っ!?う…うん。そうだね。でも…早く欲しいね、僕達の子供…」
「うん…ガボール、今日は…早く帰ってくるからねっ。」
ガボールはマリーの言葉にコクリと頷いて、
「…じゃあ、ご飯食べよっか?」
「うん…」
あの日から1年半…
2人はこの村で暮らしていく明るい未来に目を向け、共に歩みを進めていた。
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