第7話 ガボールの過去 聖術師



マリーの家を出て、2人はまず村長の家へと向かった。

マリーの両親が、村に残ってくれた聖術師は村長の家で治癒をおこなってくれていると教えてくれたからだ。


そこで、まだ治癒してもらっていない村人は誰なのかを確認して、その人達から治癒をして回ろうとガボールは考えていた。



(ジェームスおじいちゃんや、ミッシーおばあちゃんは足があんまり良くないもんなぁ。僕はそっちを優先して回ろう・・・)


歩いて向かう道すがら、ガボールが頭の中でそんなことを考えていると、



「ねぇ、ガボール?」


「うん?どうしたの、マリー?」


「そういえばさ、ガボールが耳を治癒してもらった後に…話していた人って誰だったの?なんだか…偉い感じの人だったよね。」


マリーが何の気もなしにガボールに尋ねた。



「ああ、あの人はデビット様って…この国の第一王子なんだって…そう自分で仰ってたよ。」


「えっ、そうだったんだ。すごい偉い人だったんだね。」


「うん。あの時は…魔の森に調査に来ていたんだって。それで…この村の異変に気づいて、それで急いで助けに来たんだって…そう僕に話してくれたよ。」


「そうなんだ…助けに来てくれたのが王国の兵士の人達だとは聞いていたんだけど…なんかすごいね。王子様なのに、そんなことまで…」


マリーが素直に感心した顔でそう答えた。


よほどの賢王か、もしくは愚王であれば話は別だが…

例えこの国の支配者が変わろうと…この小さな村には、さしたる影響はない。


少なくとも…今まではそうだった。


マリーからすれば、この国の第一王子なんて自分とは全く関係のない御伽話の世界の住人であった。


だから…素直な感心に…少しの憧れを混ぜて言葉にしたのだが・・・




その言葉を聞いたガボールは…自身の心にチクリとした痛みを感じた。


村人合わせて200人程度の小さな村。たまたまガボールには同い年のマリーが居たが…年近い者は他におらず・・・


今まで、その感情とは無関係で…ガボールは生きてこれた。


それが幸運だったのかは、分からない。


ただガボールにとって…

初めて感じるその感情は、忌避するべきモノのように感じた。



「うん。僕は…話しかけてもらった時は、まだ…だけど、そうだよね。僕も…もっと…ちゃんとお礼を言えば良かったな…。」



そしてそんな感情を持ってしまった自分を恥じて…余計に胸が苦しくなった。



「ガボール?何を話したのかは…分からないけど、でも…あの時はしょうがないよ。気にしちゃだめ、ねっ?」


そんなガボールの気持ちは分からずとも、マリーは少しだけ陰が差したガボールの表情を見て、そう声をかけた。



「うん。ありがと、マリー。」


ガボールはそう答え、


あの時…デビットから王都に来るよう誘いを受けたことを話すべきかどうか迷って・・・

…結局話すのはやめた。


父と母が眠るこの村で…マリーとマリーの両親と共に生きていく。


自分の中で…王都に行くという、その選択肢はもう無くなっていたから。




村長の家に着き、ガボールが呼び鐘を鳴らす。

カランッ、カラーンッっと乾いた音が響いて、すぐに扉が開き、村長が中から出てきた。



「おぉ、ガボールか。今回は…大変だったのぅ・・・」


「いえ…村長。昨日は…両親の葬いに来て下さって…ありがとうございました。」


村長がガボールを慰るように声をかけ、ガボールはそれに対して礼を伝え、ペコリと頭を下げた。



「いや…ワシらこそな、お前の両親に助けられたんじゃ・・・ワシに何か特別なことが出来るワケではないが…困ったことがあれば、いつでも言ってきておくれ。」


「はい。村長、ありがとうございます。」


「うむ…どうか遠慮はしないでおくれよ。それと…今日はどうした?マリーも一緒で…」


「はい、こちらで聖術師さんが村の人達を治癒して下さっていると聞いて…僕はまだこちらに来れていない人達を治癒して回ろうと。」


「おお、それは助かる。すまんな…あんなことがあったばかりなのに・・・まぁ、とにかく中に入ってくれ。」


村長に促され、ガボールとマリーが中に入ると…村人に祈りを捧げている聖術師と、治癒を待っている村人が数人居た。



「治癒には時間がかかるのでな…時間を決めて皆には来てもらうようにしたんじゃ。聖術師様も頑張ってくれているんじゃが・・・村人全員となるとな…」


「そうですよね…さっきまでは…ジェームスおじいちゃんや、ミッシーおばあちゃん達を優先して回ろうと思っていたんですが・・・

僕も…ひとまず落ち着くまでは、こちらで皆を治癒をした方が良いのでしょうか…」


ガボールがそう尋ねると、村長は「うむ…」と頷いて、


「そうしてくれると助かる…まずは働き盛りの者から癒してくれるかの…?」


申し訳なさそうに、そうガボールに伝えた。



「はい、分かりました。じゃあ・・・早速…」



ガボールが治癒を行えそうな場所を探して、辺りを見回すと、村長はテーブルを指差してガボールに声をかけた。


「ガボールは、こっちのテーブルで治癒をして貰えるかのう?」


「はい、分かりました。じゃあマリーは、僕の隣りに座って?」


ガボールはそれに頷き、マリーが座る椅子を引いたあと、隣りの椅子に座り…それから治癒を待っている村人に声をかけようとして、マリーに止められた。



「ほら、ガボール?みんな…耳がまだ聞こえないんだから。私が呼んでくるね?」


マリーはそう言って村人達の方へ行き、身振り手振りでガボールが治癒をしてくれることを伝えた。


すると村人達は顔を見合わせ、少し考える素振りを見せたあと、1番若い男がガボールの方へ歩いてきて…ガボールの前に座った。



「ガボール、…治癒をお願いしてもいいか?」


そう口にした男の表情には…少しだけ落胆の色が浮かんでいた。


出来るコトなら…まだ見習いのガボールではなく…王国お抱えの聖術師に治癒して貰いたいという、素直な願望。


ガボールはそれを察して…

それはガボールの心に僅かな波紋を起こさせたけれど・・・



「はい、もちろんです。」


ガボールは、そう答えて…それから祈りを捧げ始め、男の魂に触れた。



本来…鼓膜だけの治癒であれば、自己治癒力を促進させるだけで済む。そもそも完全に聞こえなくなるようなことはない。


厄介なのは…魔鷲の鳴き声に含まれていた呪いであった。それが鼓膜の損傷と絡み合い、村人の聴力を奪っていた。


対象が不特定多数なので、1人1人にかけられた呪い自体は軽いモノだが…それでも解呪には時間がかかる。


対象の魂に触れ、呪い…負の感情を相反する感情で解く。それには治癒対象者への想いが深く関わってきてしまう。


魂…その有り様は様々だ。


だから聖術師を生業とする者は、その修行中に師と共に沢山の魂に触れ…



人を赦すことを学ぶ。



魂の有り様によって…

祈りが左右されないように…



迷い…悩む時は…師が道標となる。


正しい方へと進めるように。



ガボールは…


これから両親を師として、その経験を学ぶはずだった…




祈り始めてから1時間半程が経って…


「どうですか…?」


ガボールが村人に尋ねた。



「えっ…ああ、少し聞こえるようになったよ。ガボール、ありがとな。」


男は笑ってそう答え…そしてそのまま立ち上がり、村長の元へと歩いていった。


ガボールが安堵して、ほっと自分の胸を撫で下ろしながら…その後ろ姿を見ていると、



「ガボール、お疲れ様。大丈夫?無理してない?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっと緊張しちゃっただけだから。」


マリーが横から心配そうに声をかけると、ガボールは微かに笑って返事をした。


ガボールはマリーに返事をしたあと…聖術師の方に目を向けると、


彼は残っていた村人の1人の治癒は既に終わらせていて、最後の1人に祈りを捧げていた。




「ガボール、ひとまず昼にせんか…?午後からまた人が来る。無理はしないで欲しいのじゃが…午後からもやって貰えるかの?」


聖術師の姿を眺めていたガボールに、村長が話しかけた。



「はいっ、大丈夫ですよ。」


ガボールは笑顔を作って…そう答えた。



「ありがとのう…ガボール。しかし…お前さんも、しっかりと成長しておったんじゃの。お前さんの父…レナードの面影がありありと浮かんだわい。」


村長がそう言って、ガボールに笑いかけると…



「そう言って貰えると…すごく嬉しいです。うん…父さんみたいになれるように…僕、頑張りますから。」


ガボールは自分に言い聞かせるように…ゆっくりと、言葉を噛み締めながら、そう口にした。


それから村長が用意してくれた昼食をガボールとマリーは一緒にテーブルに並べていったのだが、ガボールはその間…ずっと無言であった。



ガボールは…


マリーや、マリーの両親を治癒した時と同じように…皆を治癒することが出来ると思っていた。


けれど…実際は違った。



自分が想像していたよりも…ずっと、ずっと…

出来なかった。


祈りを捧げることに…集中しようとしても、心の中の小さな澱が…自分の祈りの邪魔をした。


それでも…なんとか祈りを捧げ終えたけれど…


ふと隣りを見てみれば…王国の聖術師さんは自分よりも、遥かに早く治癒し終えているように思えてしまった。


もし父ならば…そんなことを考えても仕方がないことは分かってはいるのに。


そう考えずにはいられなかった。




ガボールが最後の皿を並べ終わり、ふっ…と小さく溜息を吐いた。


するとその瞬間…ぎゅーっと強く手を握られた。


その手は・・・


自分の手よりも…ずっと皮膚は厚く固く、豆だらけの…狩人として生きていく為に変化して…


幼かった頃の記憶にある手とは全く違う、けれど…とても愛しい暖かなマリーの手の感触…



「ガボール?大丈夫だよ。ちゃんと出来たんだから、大丈夫。」


マリーのその手の感触…その声色…



ガボールは自身の不安がスーッと小さくなり、心の底からチカラが溢れてくるのを感じた。


とにかくは…自分の出来るコトを精一杯にやるだけ。そう心の中で自分に強く言い聞かせ、



「マリー・・・うんっ、ありがとう!」


「ふふっ、うん。一緒に頑張ろうね、ガボールっ?」


ガボールは力強くマリーに返事をして、マリーはそれを見て優しく笑った。


それからテーブルに座り、聖術師が治癒をし終えるのを待っていると、

少し経ってから最後の1人を治癒し終えた聖術師がガボール達の処へと歩いてきた。



「ガボール君…来てくれたんですね、ありがとうございます。」


聖術師はそう言うと、柔らかな笑みを見せた。



「あっ、はい。僕の方こそ、一昨日は耳を治癒して頂き…昨日は両親の葬いにも来て下さり、ありがとうございました。」


ガボールが頭を下げると、



「いえ…そんなお礼を言われるようなことではありませんよ。治癒は仕事ですし、葬いに参加させて頂いたのは…

同じ聖術師として、私も君の両親を弔わせて頂きたいと思ったから…ですから。」


「いえ…それでも、感謝しています…」


「ふふっ、そうですか。分かりました、感謝の気持ちだけ…受け取らさせて頂きますね。」


そう言って聖術師がガボールに微笑んだところで、村長が昼食を提案した。



「そうですね。2人共…随分待たせてしまったようですし…後は食事を頂きながらお話をするとしましょう。」


聖術師は、そう口にしてテーブルについた。昼食を取りながら、聖術師は穏やかな声で会話を進めていく。



「ガボール君の祈りはお父上から教わったのですよね?」


「はい、主に父からでした。あとは…母からも教わりました。母も聖術師でしたので。」


「そうだったのですね。あの魔獣の炎撃を抑えられたのは、お二人の力を合わせたからこそ…だったのでしょうね。」


「…はい。僕では…チカラになれませんでした。」


「いえ…それは違いますよ。あなたが居たからこそ…ご両親はあれだけの聖壁を築けたのです。」


「はい・・・」


聖術師は食事の手を止め、そっとガボールの手を握り、



「守るべきものがあるからこそ、人は強くなれます。そして…守らなければならない時に、自分の無力さを痛感したくないからこそ…人は努力するのです。」


「はい。」


「ガボール君は、自身の大切なものを守れるチカラが欲しくはないですか?」


「それは・・・」


「ふふっ。すみません、少し意地悪でしたね」


「いえ…そんなことは・・・」


「私は…一昨日、デビット様が仰られたように、多分2ヶ月程は滞在しますので…その間は私がガボール君の祈りをみてあげましょう。」


「えっ・・・宜しいのですか?」


「はい、もちろんです。そして…その間によく考えておいて下さいね。王子が仰っていたことを・・・」


ガボールの瞳を覗き込むように見つめて、聖術師はそう口にした。



「はい・・・」


「ふふっ。あぁー、まだ私の名前を教えていませんでしたね。私の名はルズーロです。

これから…短い間ですが、宜しくお願い致しますね。」


ルズーロは穏やかな笑みを浮かべて、そう挨拶をした。




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