第2話

「…ダメだ、リズムずれてる」


鏡の前でダンスを繰り返す奈々は、呼吸を荒くしながらも足を止めなかった。

周囲の練習生たちは、それぞれに自分の課題と向き合っている。

このスタジオには、夢を追う“本気”だけが集まっているようだった。


奈々はその中で、自分がひときわ小さく感じられた。

動きのキレも、表情の作り方も、まだまだ未熟。

自信を持てないまま、今日も踊る。


そんな奈々に、ある視線が向けられていた。

壁際で水を飲んでいた先輩の真央が、ふと近づいてくる。


「ねぇ奈々ちゃん、焦らなくていいよ。リズムは、自分の中で見つけるものだから」

奈々は驚いて振り向く。真央は、この事務所の中でも特に人気の高い先輩。

その彼女が、優しく声をかけてくれたことに、思わず言葉を失った。


「え、あ、はい…ありがとうございます」


「私も最初は全然だったから。鏡ばっかり見てると、自分が分かんなくなるでしょ?」

真央はふっと笑って、リズムに合わせてゆっくりステップを踏んでみせた。

その動きには、誰にも真似できない“余裕”と“強さ”があった。


「…私、ちゃんとできるようになりたいです」

絞り出すような声で奈々が言うと、真央はうなずいて応えた。


「なれるよ。ちゃんと見てる人は見てるから」


その言葉に、奈々の胸にほんの少し、温かい火が灯った。


レッスンの後、事務所のロビーに出ると、見慣れない男の子がひとり、スケッチブックを抱えて座っていた。

少し離れたところでスタッフと話していたが、ふと目が合う。


「……あ、ごめん。邪魔してた?」


奈々は思わず首を横に振る。

「いえ…あの、もしかして…?」

言いかけたその時、スタッフの声が彼を呼んだ。


「圭吾、スタジオこっちだよー」


そう言って連れて行かれたその男の子は、どこか不思議な存在感を持っていた。


奈々の心が、少しだけ揺れた。

それが、彼との最初の出会いだった。

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