第49話 他力本願

「あ、おにーさん」


 自宅から急いで花音がいるという病室に入った村井。個室となっている部屋で村井が見たのは上体を斜めにして電動ベッドに横たわっている花音の姿だった。周囲には3Cの面々やトレーナーやマネージャー、プロデューサーの姿までもがある。


「大丈夫、か?」

「うん。平気。精密検査までしてもらったけど異常なしだって。ちょっとした寝不足みたいだよ」

「そう、か……」


(問題ない、のか? 妙な違和感があるが……)


 昨晩、隣で眠っていた花音の様子を思い出して村井は微妙な顔をする。流石に余人がいる場所で花音の昨晩の就寝時の様子が分かると言うのは憚られるので黙ったが、昨日の花音はいつもと同じように熟睡していたはずだ。


「信じてないみたいだけど、ホントだよ?」


(……本心を見抜く異能を自然と使っているし、姿も仕草も表情も花音に間違いないんだが、何だこの妙な感覚は?)


 何となく違和感がある。発生源は言うまでもなく花音だ。ただ、それは周囲に他人がいるからかもしれない。そう判断した村井は一度、込み入った話もあるという芸能事務所の面々と共に退室した。


(杞憂であればいいんだが……)


 杞憂であることを願う村井だったがこの後、担当のプロデューサーから小一時間程のやんわりとした説教と今後の方針についての会議が行われることになる。

 基本的には医師の判断に従って経過観察を行うことになり、花音はレッスンを軽減することになった。

 ただ、村井としてはレッスンや日常生活に花音の異常の原因はない気がしている。しかし、それは村井の感覚の話であって医師の判断ではない。倒れた花音を診察した医師が様子見でレッスン量を減らすように言ったのであればそれに従う他ないという常識は村井も持ち合わせている。


(子どもとはいえ、お金貰ってるプロなんだから体調は万全にしておくように、か)


 泉プロデューサーからのやんわりとした注意の言葉を思い出す村井。ただ、村井としては平時であればまだしも明々後日には一色姉妹の私生活における大一番を控えていることから体調についてはいつも以上に見ていたはずという感覚が抜けない。

 そのため、医師から異常なしと言われて経過観察だけで済んだと安堵している事務所の面々よりも花音の異常が気になっていた。


(昏き幽王が何かしたか? いや、そんな気配はなかったはず。琴音も花音も精神的に安定していたし、何かあれば弓削家から連絡が来るはずだ)


 今後のレッスンなどについて話し合い、3Cの今後の方針についても検討を始めた事務所の面々と別れて悩みながら病棟を歩く村井。しかし考えをまとめる前に花音がいる病室の前に到着してしまう。


 ノック後、入室の許可を取ると村井は静かに扉を開いた。


「入るぞ」

「うん」


 ベッドの上の花音は3Cの面々と和やかに談笑していたようだ。邪魔をするのは気が引けたが、先程まで会議をしていた事務所の面々が3Cを呼ぶように言っていたので村井も折を見て彼女たちに声をかけることにする。


 ただ、そこにも違和感があった。


(……花音が場の空気を読んで3Cの相手をしてる。いや、元々ある程度は商売仲間だから相手をしてたが……何か、いつもより場の回し方が上手いというか……)


 3Cと花音の会話を何となく聞いている間にも増え続ける違和感。ただ聞き流しているだけであれば気にならないであろう違和感がどうしてか妙に気になる。同時に、謎の焦燥感にも苛まれていた。


(何だ? 何かが……)


 村井は言葉に出来ない違和感に苛まれ、何とかその違和を言語化出来ないものかと悩む。そんな時だった。急に扉が開け放たれる。


「花音!」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫!?」


 扉を開け放つと同時につかつかと病室に入って来たのは琴音だった。彼女は花音が無事であることを確認すると少し目を瞠った。


「花音……?」

「ど、どうしたのお姉ちゃん? 病室では大声出したらダメだよ」


 病室の扉を勢いよく開けたかと思うと大声を出し、その後訝し気な声を出す琴音を花音は注意する。だが、琴音の方はそれどころではないようだ。花音を見た後に村井の方を見て小さな声で呼んだ。


「……お兄さん、ちょっと」


 琴音の様子を見て村井は自分の違和感に確信を持つ。琴音としては先に村井と話をしたいようだったが、村井は自分たち三人で話をした方がいいと判断して3Cの面々に言った。


「有川さんたち、泉さんたちが今後の予定について話があるって言ってたから待合室に行ってくれるかな? 花音のことは今日は病院で様子見だから後は引き継ぐよ」

「分かりました。みうちゃん、それではまた」

「あ、待って! もうちょっと」

「私たちに言われてもプロデューサーたちは待ってくれないわよ……」

「う~……仕方ないかぁ。みうちゃん、またね!」


 病室であることを鑑みてか、いつもより少しだけ声を抑えて去っていく3Cの面々。姦しい彼女たちがいなくなり、村井と一色姉妹だけになった。急に静かになった部屋で花音は俯いて口を開く。


「……やっぱり、分かっちゃうんだ?」

「あぁ」

「はぁ……他の人たちは気付かなかったのになぁ」


 そう言った花音の口の端は少しだけ上がっており、自嘲気な笑みを形作っていた。それを見て村井は呟くように尋ねる。


「……誤魔化さないんだな」

「うん。もう、そこまで確信されちゃってるとね……何でわかったの?」

「私たちがどれだけ花音のことを見て来たと思ってるの?」

「……羨ましいな。この世界の私」


 琴音の返しに花音がぽつりと呟いた。その言葉を受けて村井たちの違和感の正体が明らかになる。


「やっぱり。あなたは花音だけど……私たちが知っている花音じゃないんだね?」

「うん……」


 力なく頷く花音に琴音は矢継ぎ早に尋ねる。


「何があってこんなことになったの? 私たちの花音は?」

「この世界の私は……今ここにいる私がいた世界線にいるよ。昏き幽王が目覚める寸前の、私が絶望した世界に」


(【昏き幽王の眠る町】の本編の世界線に飛ばされたのか!)


 非常にまずい事態になったと焦る村井に花音は仄暗い影を秘めた笑みを向けた。


「お兄さんはわかったみたいだね? まぁ、元が異世界から来た人みたいだし、ナイ神父さんとやり取りもしたことあるみたいだから当然か」

「ナイ神父を知って……そうか。あの日の事件の時か……」


 琴音と花音の二人が神宿しの儀式に巻き込まれた日、本編であればナイ神父が二人の正気を奪うような技法を持って助けに入るはずだ。その時に彼女は目をつけられたのだろう。村井が何となく経緯を理解したのを視て花音は告げる。


「うん。あの日、私のところにはお兄さんが来てくれなかった。そしてお姉ちゃんがおかしくなって死んじゃった。それで……私も壊れちゃった。全部お兄さんが悪いんだよ? お兄さんが私たちのところに来なかったから」

「……事情は分かった。今の話でどうやったのかも何となく想像がついた。ナイ神父の手を借りたんだな?」

「うん。悪い? 私だって幸せになりたいもん。この世界の私はこれまでずっといい思いをしてたんだから私だっていい思いをしてもいいよね?」

「……よりにもよってナイ神父の手を借りたか」


 後ろめたさを隠すためか少し語気が荒く、早口になる花音。そんな彼女を見て村井は苦り切った表情になる。

 ナイ神父の正体はかつて琴音の同級生だった伊海が言っていた通りだ。クトゥルフ神話体系に属する狂神、這い寄る混沌ことナイアルラトホテプだ。人間が自滅する姿を好む彼の神の力を借りたとなれば碌なことにならないだろう。

 村井は異世界から来たと言う花音にすぐに確認を取った。


「花音、ナイ神父の手を借りた時、代償は何だった?」

「直接的にはないって言ってた。ただ、別世界の自分を地獄に送るという行為に一生後ろめたさを感じて求めた幸せとは程遠い人生を送ればいいと嗤ってたよ」

「それが分かっているなら何で……」


 琴音の疑問に花音は鋭くそちらを睨んだ。そして絞り出すように本音を口にする。


「私だって……私だって少しくらい幸せになりたかったんだよ……! 後ろめたくても、本当の幸せじゃなくても、それでも少しくらい救われたい!」

「花音……」

「お姉ちゃんも悪いんだよ! 私を残して勝手に死んで! 私だけ……! 私だけが何もないままただ生きてるだけ!」


 花音の叫び声の後、静まり返る病室。そんな中で花音は涙ながらに言った。


「私だって……私だってこの世界の花音みたいに誰かを愛して誰かに愛されるようなそんな普通で、幸せな人生を送りたい……」


 痛切な表情で訴える花音。彼女の言葉を村井も琴音も黙って聞くしかない。そんな二人に花音は涙を湛えた弱々しい笑みを浮かべてお願いする。


「ねぇ、私だって花音なんだから二人とも私を愛してくれるよね……? 私も二人のことならすぐに愛せるようになるだろうし……私、そのためなら何だって頑張るよ? この世界の花音よりずっと、もっと、いっぱい……だから……」

「花音……」


 切々と訴えてくる花音に琴音は何と言っていいのか分からない。ただ、彼女は自分が思うままに行動し、花音を抱きしめた。


「……お姉ちゃん」

「花音、泣かないで。大丈夫だから。お兄さんが何とかするから」

「俺かよ」


 凄まじく他力本願な琴音の言葉に村井は思わず噴き出してしまう。しかし、現実的に考えると琴音にはどうしようも出来ないのは事実。代わりに村井が覚悟を決めた。


「仕方ない……大人になるまで面倒看るって言ったからな。高くつくぞ?」

「え……ど、どうなの? 私を愛してくれるの?」

「馬鹿。俺たちが知ってる花音も、目の前にいるお前も、どっちも助けてやるって話だよ。全く……手間を掛けさせる」

「え……」


 驚いて固まった花音に対し、村井は苦笑しながらスマホを取る。通話相手はナイ神父に対抗出来そうな、あの魔女だ。


「すいません、御伽林さん。ちょっと相談乗って貰えます?」



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