第23話 2019年の年末
花音が芸能事務所に入ってからデビューするまで半年程の出来事だった。華々しいデビューを飾った花音は猛烈に売り出され、すぐに爆発的にヒットした。
加えてアイドル候補生として過ごしていた春には琴音と同じ中学校に二年生として編入していた。そのため、2019年は花音にとって学業に芸能活動にと慌ただしい年になった。
それでも何とか無事に年末を迎えた花音はリビングのソファで横になってスマホを弄っている村井を背もたれにして猫の様に伸びていた。
「おねーちゃん、ごはんまだならアイス食べていい?」
「もうすぐ出来るから」
リビングでは三人ともスマホや料理をしているのにも関わらずテレビが流れっ放しになっている。チャンネルは年の瀬らしく特番を組んでいつもより長時間放送されている音楽番組になっており、現在は話題の曲を歌っているアーティストたちが歌っている場面だ。そんな中、不意に花音が口を開く。
「あ、おねーちゃん。そろそろ私の番かも」
「! 待って待って。すぐ行くから!」
「えー……? ごはんは?」
「弱火で煮てるから! 大丈夫!」
花音の言葉に応じて料理の手を止めた琴音がリビングに駆け付ける。流石の村井もスマホから顔を上げてテレビ画面を見た。画面には果たしてライブパフォーマンスに入ろうとしている花音と3Cのユニットが出ていた。ドアップでも可愛らしい妹の姿を見て琴音が興奮の声を上げる。
「花音だ! 花音! テレビに出てるよ!」
「……何回も聞いたよ。お姉ちゃん、そんなんだと今後大変だよ? 後二年くらいは色々活動するんだから」
「お兄さん! 花音がテレビで笑ってます! 完全に余所行きの顔ですね!」
「聞いてないし……」
琴音は新曲売上ランキング順に曲とPVを紹介する音楽番組で初めて花音の映像がテレビで流れた時から何度もこうして興奮していた。花音は最初の方は満更でもない様子だったが、最近はテレビに映る自分のために現実の自分を蔑ろにされている気がして微妙に面白くないご様子だ。
「おにーさん、お姉ちゃんが私のこと無視する」
「よしよし。まぁ慣れるまでの辛抱だから」
少し面白くないところもあるが、花音も琴音が自分のことを嫌いでそうしているのではなく、自分のテレビでの活動どころか動画のCMまで録画するくらいに応援してくれているのは分かっていた。しかもその上、琴音が自分のことを蔑ろにしていると言いつければ村井が何だかんだで甘やかしてくれる。そのため花音はあまりストレスを感じることはなかった。
「ふむふむ、花音ファンがSNSにもいっぱい……いい切り抜きするなぁ! 私の花音ファイルが凄いことに……うん。やっぱり花音はかわいい! 間違いないね!」
ちょっと姉の様子がおかしいことも何度かあったりするが、それでも花音は村井に体重を預けてのんびりしていた。そうしている内にテレビでの花音の出番が終わる。琴音はすぐにスマホをチェックして声を上げた。
「花音、トレンドに上がってるよ!」
「そうみたいだね……何か色んな人からライムとか色々来てる……おにーさん、私の代わりに返信して」
「自分でやりな。『ありがとうございます』とか『嬉しいです』とか『皆さんのお蔭です』とか『これからも頑張ります』とかそんな感じでいいだろ」
「じゃあそんな感じで……」
村井のすぐ傍に横になる花音。非常にリラックスしている自然体の花音を撮りたいという気が沸き起こる琴音だが、万一流出したら大変なことになるだろうから止めておこうと思い直して彼女はキッチンに戻って行った。
「花音、ちょっと髪の毛どけるぞ」
「んー? うん」
「全く、甘えん坊め……」
自分のスマホにかかっていた花音の黒髪を下ろして村井は少し体勢を入れ替える。すると花音は村井に向き直ってスマホの画面を見せながら訊いて来た。
「ねぇねぇ、おにーさん? ありがとうございます。いつもありがとうございます。嬉しいです。この次は
「遊ぶな。怒られるぞ」
「でも遊んでないとやってられないもん。ちゃんとした相手にはちゃんと返すけど今返信してる人たちってだーれも私の活躍喜んでないし。みんな自分のことばっかり。それならそれでいいけど、そんな人たちばっかり相手にしてると私は真面目に返す気になれないなぁ」
新曲売上ランキングに乗った時の打ち上げ後、家に戻ってから花音が言ったことを思い出して村井も何とも言えない顔になる。彼女は真顔で村井にだけ「よくみんなは楽しくなくてもあんなに嬉しそうな顔を作れるんだね……」と呟いたのだ。その真意を聞いて村井は花音の能力を少し不憫に思った。そこに付け入られてその日は随分と甘えられたが、それは気にしないでいいことにする。
「花音、ご飯出来たから並べるの手伝ってー」
「はーい」
村井が微妙な気分にさせられている間に食事の支度が出来たようだ。花音は琴音の呼びかけに応じてすぐにキッチンに向かい、配膳の手伝いを始める。
そんな二人のやり取りを眺めながら村井は考えた。
(花音も相当ストレス溜めやすい能力してるからなぁ……しかも『昏き幽王』がそうなるように思考誘導してるし。適度に発散させてやらないと。その気はなかったとはいえ、花音が芸能界に入ると決めたのは俺の所為でもあるし)
芸能界という競争社会において、マイペースな花音はストレスを貯めやすい環境に晒されていると言えた。特に天賦の才を持つことで周囲からの妬みを買いやすい上、その能力で相手の悪意が自分に向いているのが嫌でも分かってしまう。そんな環境に誰が送り込んだかと言われれば自分としか答えられない状況に村井は溜息を吐きたい気分にさせられた。
(まぁ、社会に出たら誰しも多少は自分を殺して折り合いつけてやってるものだが、花音はまだ子どもだからなぁ……)
変な条件を出さなければもう少し別の道もあったのではないかと思う村井。そんな村井の視線に花音が気付いた。
「? お腹空いたの?」
視線に気づいた花音は手に持った料理を見せながら村井にそう問いかける。しかし村井はその問いに曖昧な答えを返すだけだ。
「いや……まぁ、何でもない」
「……? 変なの」
首を傾げて配膳に戻る花音。村井はその後姿をしばらく目で追っていたが、不意に我に返ると意識的に視線を切った。
(思考が飛んでた。花音、自然体だと魅了が出るようになってるな……)
自宅で油断していたとはいえ、思考が飛ぶほどの魅了が花音から出ていたようだ。そのことに気付いた村井は琴音にも異能を込めた視線を向ける。花音の魅了に琴音がやられていないかどうかを確認するためだ。
しかし、そこにあった光景は村井の想定を超えるものだった。
(……魅了を抵抗せずに受け入れてる? 何だアレは……何か無意識中に凄いことをしていることだけは分かるが……)
琴音は花音の魅了にやられるでもなく、抵抗するでもなく、ただ受け入れていた。どうやら、琴音にとって花音の魅了はあって当然という認識で、環境に適応しているようだ。
(凄いな。少なくとも俺には真似できない)
村井に出来るのは精々魅了に耐性をつけること。しかも現状では気を張っていないと難しい有様だ。そんな緊張している状態など花音にはすぐに気付かれてしまうし、そもそも自宅で気を張り続けるというのも面倒だ。
(……言っておくか)
妙な誤解があるといけないので村井は先んじて花音に魅了が溢れていることを言うことにした。
「花音、ちょっと魅了が溢れてる。加減してくれ」
「んー? 別に我慢しなくていいよ~」
予想外の返事に村井は無言になった。代わりに琴音が慌てて口を挟む。
「かっ、花音? お姉ちゃん、花音にはまだそういうのは早いと思うな」
「そう?」
「うん! せめて花音が十六歳になってから。出来れば結婚してからにした方がいいと思うな!」
「でもお姉ちゃんここに来てすぐの時おにーさんに「それはなし!」……」
「緊急事態だったから! ね?」
姉から圧力を感じた花音だが不満そうな顔だ。そんな妹の姿を見て琴音は心配そうな顔をした。
「花音……お仕事もあるし、学校もあるんだから。色々考えて行動しないと」
「んー……でも、正直言って抑えるのめんどいんだよねぇ。お家にいる時くらい好きにさせてほしいな」
「でもお兄さんが」
「おにーさん、だめぇ?」
琴音の説得を飛び越えて花音は甘えた声で村井に尋ねる。前傾姿勢で距離を縮めて上目遣いでの甘い声。同級生どころか大抵の男であればコロリと転がされるその仕草に村井ですら思考を乱され、少し視線を逸らして考える素振りを見せた。そんな村井を視て花音は嬉しそうに嗜虐的な笑みを見せた。
「おにーさんもこういうの好きなんだ?」
「花音。そういう態度取ってると痛い目見るぞ?」
「痛くしないで。優しくして……?」
「二人とも! ご飯出来たよ! 食べて!」
花音が芸能界で変なことでも学んだのか、小悪魔的な雰囲気を出し始めたところで琴音が声高にそれを打ち破る。問題は解決していないが、棚上げとなって村井は一時の平穏を得るのだった。
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