第18話 大成功の最中

 花音が動画投稿を始めて半年が経過した。その間に花音のチャンネルは急拡大し、ここ最近投稿した幾つかの動画はYourTube内でもすぐに100万再生という一つの指標を達成するに至っていた。その動画の一つを村井に見せながら花音は言う。


「おにーさん、また100万再生行ったよ。もう学校行かなくてもいいよね?」

「……うーん、出来れば高校まで出て欲しいからそろそろ中学校に通い始めてほしいんだが」

「おにーさんかお姉ちゃんと一緒じゃなきゃ家から出たくない」


 有名配信者となった花音は広告収入で一般的な中高生の数倍どころではない金額を稼いでおり、それを盾に通学を渋っていた。そんな彼女に姉が告げる。


「花音、学校楽しいよ? 行こう?」

「私はいや。お姉ちゃんが留年して同じクラスになってくれるなら通ってもいいよ」

「それはちょっと……そもそも、中学校に留年ってないし」


 苦笑いする琴音。一応、中学校にも留年制度はあるが殆ど形骸化しており、ないと言っても過言ではない。一度も出席せずとも卒業できるのだから琴音が留年はないと思っているのも不思議ではなかった。

 そんなどうでもいい話はさておき、すっかり単独行動を嫌がるようになった最愛の妹を見て琴音は少し前まで自分以外の他人を全く寄せ付けたがらなかった彼女の姿を思い出してそれと比較しながら苦言を呈す。


「全く、すっかり甘えん坊になっちゃって……前とどっちがいいかって言われたら今の方がいいけど、お兄さん、ちゃんと責任取ってくださいね?」

「俺が悪いのか……? それなら厳しくするが」

「むー、厳しくしないでよ。ちゃんとおにーさんの言う通りにしてるでしょ?」


 琴音の言葉に村井は少し考えるが花音の反論を受けてすぐに考えを改める。なんだかんだ言いながらも花音はきちんと村井の言うことを守っているのだ。無理に行動を縛る必要もない気がした。


「まぁ、そうだな。花音はちゃんと言うこと聞いてるし、そもそも動画配信で結果を出したら色々考えると言ったのは俺だ。学校には通ってもらうが、芸能活動について配慮してもらう形での通学にしよう」

「おにーさん、ありがとう」

「……礼を言うには早いんじゃないか? 普通に学校に行くよりも大変だぞ?」

「大変かもしれないけど、動画撮ったりする時はおにーさんがいるから大丈夫」


(……何でここまで懐かれてるんだ?)


 花音の言葉を受けて村井は訝しむ。彼からすれば世界が崩壊するかもしれないから成り行きで助けたに過ぎない。それは二人にも一応言って……


(あれ? 助けた理由、言ってたか? 修行して世界の敵と戦うことになるかもしれないとはぼんやり言った気はするが、【昏き幽王の眠る町】を読んだ後に別途話すと言ってそのままの気が……)


 二人を助けた理由を村井は言っていない気がして来た。


(いや、まぁ、二人が安定してる限り昏き幽王の完全復活はありえないし、仮に中途半端に目覚めたとしても、そんな状態での再封印ならこの二人でやれば強めの妖怪と大して変わらない程度の危険度にまで落ちるから言わなくてもそこまで問題はないとは思うが……)


 自己正当化する村井。しかし、そうなると村井は可哀想な二人を三億円かけて引き取り、その異能を制御するために力を貸し、毎日の暮らしの面倒を看ている良い人ということになってしまう。


(それは何かズルいな。まぁ、その方が二人の精神的には安定するんだろうけど)


 自分はそこまで善人ではない。それを自覚しているからこそ村井は二人に正直な旨を話したい気になる。だが、それをやったところで満足するのは自分だけだ。


(……まぁ、訊かれたら答えるくらいのスタンスで行くか。何も言われてないのに急にお前らを助けたのは世界のためだとか言うのも変な感じがするし)


 色々と考えた結果、村井の結論は成り行きに任せるというものだった。そんな村井の心境の変遷を花音は何となく視ていたが、取り敢えず彼女が村井に求めていたのは自分と一緒に居たいと言ってくれて嬉しいというリアクションだ。妙に悩まれるのは特に求めていなかったため拗ねてしまう。


「おにーさんさ、何を考えてるのかは分からないけど……もう少し素直な受け取り方してほしいなぁ」

「何だ急に……」

「ま、まぁまぁ。それより花音、再生回数500万突破したのもあるんでしょ? そのお祝いしないと」


 琴音の仲裁で微妙に悪くなった空気は霧散する。花音は少し拗ねたままだが村井の方は特に気にした様子もなく琴音が腕によりをかけて作ったケーキに視線を移した。


「じゃあ、お兄さん。花音に一言!」

「花音、フォロワー数40万人達成と再生数500万回突破おめでとう」

「おめでとー!」

「……ん」


 ストレートなお祝いに花音も満更ではなさそうだ。面映ゆそうに顔を俯かせながら喜んでいる。琴音はそんな花音を見ながら自信作の抹茶ケーキを三等分にカットし、花音と村井にそれぞれ渡す。それを見ながら村井は花音に告げた。


「あぁそうだ。幾つかレコード会社からもスカウトが来たぞ。ネットの評判見る限りだと悪くはないというか、凄いところみたいだった。来週辺りで都合がいい日に一緒に面談に行こうな」

「うん。お姉ちゃんも来る? 多分、スカウトされるよ」

「わ、私はいいよ。普通に学校あるし」

「おにーさん、お姉ちゃんも……」


 どこかで見た流れだと思いながら村井は花音を止める。花音は少しだけ不服そうにしていたが多数決で押し切られた。


「……絶対お姉ちゃんも人気出るのに。二人が言うなら仕方ないけど」

「私は遊びで歌うくらいがちょうどいいよ。お仕事にするにはちょっと……」

「いいと思うんだけどなぁ……お姉ちゃんって将来何するの?」

「何、って……」


 花音の問いかけに琴音は少し言葉に詰まった。これまで今を生きることに精一杯で将来のことなどあまり考えていなかったのだ。ただ、今も昔も変わらない行動原理を挙げるとするなら、ということで琴音の頭は再び動き出す。


「うーん、花音が芸能界で色々するならそのサポートとかしたいかなぁ?」

「一緒に活動?」

「違うよ。あくまでサポート。おうちでご飯作ったり、家事したりするの。今みたいにただご飯作るだけじゃなくて栄養バランスを考えて作ったり、スケジュール考えて花音が元気に活動出来るようにしたりとか、色々」

「お姉ちゃん……嬉しいんだけど……もっとお姉ちゃんがやりたいこととかないの? 私のことはあんまり心配しなくていいよ。おにーさんがいるし」


(……俺?)


 そこまで全ての面倒を看る気はなかった村井は急に話を振られて困惑した。しかし花音は琴音の方を見ており村井の困惑に気付いていない。村井の困惑に気付いたのは琴音だけだ。


「……花音、お兄さんあんまりそこまで考えてなさそうだよ」

「でも、やってくれるよ。多分」


 琴音の疑問に花音は勝手に答えた。村井はどこで口を挟もうか考えながら成り行きを見守る。そんな中、琴音は村井と花音を見比べながら自分の考えを告げた。


「うーん……でも、流石にそこまでして貰うのは悪いよ。ただでさえ迷惑かけてるんだし……いつまでも面倒看てもらうわけには、ねぇ? ちゃんと恩返ししないと」

「それは分かってる。借りてるお金は返すし、ちゃんとおにーさんが欲しいと思ったものをお給料としてあげる。大丈夫」

「でも三億円だよ?」

「あー、もうそう言う話はいいから。今日は黙って祝われておけ」


 泥沼に入りそうな二人の会話を村井は打ち切った。そして持論を告げる。


「何か勝手に将来のことを言ってるが、取り敢えず二人とも大人になるまでの面倒は看るから。将来のことはそれまでに決めればいい」

「え? 大人になるっていつまで?」

「……そうだな。成人……いや、大学生とかはまだ子どもって感じがするな。よし、分かった。学生の間にする」

「え、じゃあ取り敢えず高校行かないと……」


 お子様扱いされたくない花音が村井の予期せぬところで通学意欲を燃した。それを受けて村井はちょっと自宅内でのコミュニケーションが足りていないことを自覚し、もう少し二人と話をするべきだと思うのだった。



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