第5話|川辺の異変を追え
春樹は、ある違和感を抱えたまま、川沿いの道を歩いていた。
学校の裏手を流れるこの川は、彼にとって“心の呼吸場所”だった。
放課後、誰もいないベンチに座って、ただ水の音を聞く。
それだけで、世界がすこしだけ優しくなる気がした。
だが、最近の川には、何かが足りなかった。
流れる音が澄んでいない。
魚の跳ねる音がしない。
そして──水辺に浮かんでいた、小さな魚の死骸。
「おかしい……」
春樹はスマホのAIアシスタントを起動した。
水質データベースから近隣の観測地点の情報を呼び出す。
しかし、この辺りは民間のデータが少ない。
「だったら……自分たちで、測ってみるか」
その夜、春樹は部室に向かった。
「川に異変?」
葵がモニター越しに目を細める。
咲良と芽衣も顔を見合わせる。
春樹は、静かに話し始めた。
「最近、魚の数が減ってる。水のにおいも変だ。
AIで調べてもデータが薄いんだ。だから、調査してみたいと思ってる」
勇人が乗り出した。
「やろう。環境調査って、なんか本格的で燃える!」
「測定キット、あるよ。pH、溶存酸素、化学物質……AI解析にもつなげられる」
葵が機材をまとめはじめる。
芽衣が心配そうに訊ねた。
「でも……もし、すごく悪い結果が出たら?
誰かが悪いことしてたら……怖くない?」
春樹は、小さく頷いた。
「うん。でも、気づいたなら……知らないふりは、もっと怖いと思う」
調査は翌日の放課後に行われた。
彼らは川の上流から下流まで、5つの地点で水を採取し、AIアシスタントにリアルタイム解析を依頼した。
データが表示されるたび、みんなの顔が曇っていく。
下流に向かうにつれ、有機物の濃度が異常に高くなっていた。
特に、あるポイントを境に値が急上昇していた。
「……このあたり、工事中の倉庫がある場所だよね」
葵が地図を指さす。
勇人がドローンを飛ばした。
倉庫裏の映像に、奇妙な配管の影が映る。
そして、草むらの中に濁った水たまりが広がっていた。
「これ……」
芽衣の声が震える。
後日、春樹と咲良は市役所の環境課を訪れ、調査データを提出した。
AIが生成したレポートには、全ての数値と画像、異常の兆候が網羅されていた。
担当職員は驚きつつも真剣に対応してくれた。
後に、倉庫の排水が基準を超えていたことが明らかになり、行政指導が入った。
川の水はすぐには変わらない。
それでも、春樹はまた、あのベンチに座って水の音を聞いていた。
芽衣がそっと隣に座る。
「ねえ……変わるかな、川」
「分からない。でも、変わってほしいと思う。
それが“願う”ってことだと思うから」
芽衣はうなずいた。
「魚、戻ってくるといいね。いっぱい」
春樹は笑った。
「うん。まずは、僕らが戻ってこないとね、川に」
✦ afterflow:静かなる責任
川は、言葉を持たない。
でも、流れの音が、時に問いかけてくる。
「それを見過ごして、君は何も感じなかったのか?」と。
AIは、異変を示す数字を並べる。
でも、その数字を“痛み”と感じるのは、人間だけだ。
静かに流れる責任を、僕らは抱えながら、
それでも、前へと歩いていく。
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