第29話  シャワー

「ふーん・・・ゲツ、あんた童貞でしょ?ちょうどいいじゃない、この女で捨てときなさいよ」


とんでもねーこと言うな!

ゲツの目が眇められ、眼球だけであたしを見下ろす。


「・・・この女で?」


心底嫌そうな声。


こっ、この男・・・いや、お姉様方から聞いた話によると、童貞のえり好みはかなり極端らしい。

行為時に肛門を発見され、「そんな・・・女性なのに排便機構があるなんて!騙したな!!」と逆上されることも少なくないということだ。


「ゲツがいらないならあたしが貰ってくわ。ユーミをあんなにされた恨みを幾らかでも返さないと」


おわった・・・たぶん最終的に四肢と顔をモがれて蠢くだけの肉塊にされて帰艦することになるのだろう。


エミとか言う女が伸ばす手を見ながら歯に自決爆弾でも埋め込んで来るべきだったと心底後悔する。


その手が払われ、ゲツの背中が割り込んできた。


「やめろよ!どうして大人はそうなんだ?!恨みだなんだと女子供まで弄び果ては惨殺して・・・だから戦争が終わらないんだよ!」


うわっ!・・・ま、眩しい・・・ゲツ少年の背中から清らかな輝き、後光(背中向きなのに?)がほとばしって目が眩んでしまった。


エミという女は自らの払われた手を撫でると、ニヤリと笑って去っていった。


あの女怖い・・・なんとなくゲツのその後を心配してしまう。


「あんたさ、あたし庇って仲間に揉め事の種を残すなんてバカじゃないの?あたしは敵なのよ?」


「いつまでも寝てんじゃねえよ、ほら」


ゲツがうつ伏せのあたしを手を引くと、不思議と今まで力の入らなかった体がすんなりと動いた。

立ち上がったあたしは彼に手を引かれるまま歩き出す。


「俺達はお前らに対して・・・恨み骨髄に徹してんだよ、そんなカッコで歩いてたら今日中に肉片になってんぞ」


「いや、あたしもそのつもりだったんだけど」


男相手だったら怯えて嫌がって見せれば穴に弾丸打ち込まれる程度で楽に死ねるかなと雑な胸算用はあった。

穴と心臓と延髄が直線になる姿勢は、肉塊の儀で習得済みだ。


「なんだよそりゃ、兵士の矜持ってやつか?」


「何言ってんのよ、作戦だって」


男ってなんですぐロマンチストな方向へ意識がずれるの?


「作戦だって?お前みたいな女の子を……人身御供か」


個室へと誘われる。


「ここは俺の部屋だ。使えよ」


「部屋なら、艦長に用意頂いてるけど」


「戻ってもいいさ。自由にしろよ」


言い捨て、ゲツはジャケットを椅子に掛けるとシャワーブースへと消えた。


……なんなの?女招いて茶も出さずにさっさとシャワー浴びるって。


椅子に掛かったヤツのジャケをとり、ハンガーへ掛ける。

なんで男ってこんな雑なんかな・・・


部屋を見回すと、それなりに汚い。

特に菓子類のゴミが。


「なんであたしが・・・」


ブチブチと文句を垂れつつ、ダストシュートへ放り込んでゆく。

大きなゴミを粗方片し終えると小さな円盤型掃除ロボが壁からワラワラと現れ、床を這いまわって消えていった。


シャワーブースが開き、ゲツがマッパで髪をガシガシ拭きながら出てきた。


「おい、使っていいぞ」


え?お前の後に??


「・・・シコってないでしょうね」


「?・・・お前で?」


嫌そうな視線再び返される。


「使わせてもらうわ」


ブースへ入り、レーザーでシールドされるとジャケパンを脱ぎ捨て、いろいろ液まみれで海の臭いを・・・くっさ!・・・放ち続ける下着ごとランドリーシュート・・・て書いてある・・・へぶち込み、シャワースイッチを・・・え?ハンドル??・・・艦尾エンジン付近の手動消化機構にあるような転輪をぐるりと回す。


熱いシャワーが噴き出し、全身が生き返る・・・あー気持ちいい・・・

同時に涙と、嗚咽が漏れる。


・・・なんでだろ、安心したから反動で苦痛と恐怖が戻ってきたの?


シャワーを止め、サボンノズルからソープをもりもり出して全身をまんべんなくヌルヌルのアワアワにして流し落す。


・・・顔と髪もやるか。


顔の色々を落としながら、なんとなく前大戦の決戦へ挑んだお姉さまたちの話を思い出す。


『死ぬ時くらいは自分の顔でいたい』


一番美しい顔で死にたい派と激論を交わしていたが、鏡を見てなんとなく納得した。

鏡からこちらを覗くのは、幼く自信の無い・・・いや、これから訪れるであろう陵虐とそれによる長く果てしない苦悶の生に怯える弱々しい少女だ。


・・・ん?この姿なら頭ハッピーな男の脚にでも縋れば奪い合いの末の射殺・・・うまくやれば内乱勃発まで炎上させられるのでは?


いや、それは兎も角。

素顔が一番好きな派と嫌いな派って感じだったんだね。


纏めていた髪を解き、シャワーで濯ぎ流す。

ああ、楽になった・・・


自然と顔が緩み、鼻歌が出てしまう。

髪を乳房の間に下ろし、熱いシャワーを頭皮に当てながらマッサージする。

長く縛り上げられ緊張してたのか、気が付かずに続いていた締め上げられるような頭痛からも解放され・・・・・・・・






あ、まじーよ戦闘意識が消えちったじゃんどーすんの?!?!?!?!


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