【第四話】 新たな芽吹きと迫る影
セレネ村の生活は、目に見えて向上していた。
改良された畑では、これまでの痩せた土地からは考えられないほど豊かな作物が育ち、村人たちは近い将来の収穫祭の話で持ちきりだった。特に、俺が提案した堆肥作りと暗渠排水は効果てきめんで、土壌の質は劇的に改善された。
《対象:セレネ村中央地区農耕土壌(改良後)。構成物質解析……有機物含有量大幅増加、pH値6.5(弱酸性~中性)、主要ミネラルバランス改善。保水性及び排水性の両立を確認。これは理想的な土壌状態に近いな》
自分の知識が、スキルを通じてこの世界の法則と結びつき、確かな結果を生み出している。その事実に、俺は静かな興奮と満足感を覚えていた。
地下倉庫の建設も順調に進んでいた。俺の構造解析に基づき、村の北側の丘陵地帯の、地盤が安定し、かつ年間を通して温度変化の少ない場所に横穴式の倉庫を掘削している。完成すれば、収穫した作物をこれまでよりも格段に長く保存できるようになるだろう。
「カイトの言う通りに掘ったら、本当にひんやりとした空気が出てきたぞ!」
汗だくでツルハシを振るっていた村の一人が、興奮したように叫ぶ。
「これなら、大事な食い物を腐らせずに済みそうだ!」
村人たちの顔には、未来への明るい展望が浮かんでいる。
一方、防御壁の建設も着々と進行していた。
北側の崖を天然の要害とし、他の三方を頁岩と硬質木材を組み合わせた壁で囲む計画だ。レオンの指揮のもと、村の男たちが中心となり、資材の運搬や加工、そして壁の組み上げ作業に汗を流している。
俺は構造解析スキルを駆使し、壁の基礎部分の強度計算、素材の最適な組み合わせ、そして効率的な作業工程を指示した。特に、頁岩を積み上げる際の目地の処理や、木材の接合部の補強には、前世の土木工学の知識が大いに役立った。
「カイト、この部分の角度はこれでいいか?」
レオンが、壁の一角を指差しながら尋ねる。彼は、持ち前の実直さとリーダーシップで、複雑な作業を的確にこなしていた。
「ああ、完璧だ、レオン。その角度なら、側面からの衝撃にも十分に耐えられるはずだ」
リリアも、薬草を煎じた飲み物を差し入れたり、怪我人の手当てをしたりと、皆をサポートしている。時には、俺の解析作業を手伝ってくれることもあった。彼女は驚くほど勘が良く、俺が求める情報を的確に理解し、整理する才能を見せ始めていた。
「カイトさん、この石の色が違う部分は、もしかして強度が弱いんですか?」
リリアが、積み上げられる前の頁岩の一つを指差して尋ねる。
《対象:頁岩(部分変成あり)。変成部の結晶構造変化により、亀裂発生率3.7%上昇……》
「よく気づいたな、リリア。その通りだ。その部分は少し脆いから、壁の内側に使うようにしよう」
俺は内心驚きながらも、彼女の鋭い観察眼を褒めた。彼女のこの才能は、将来何かの役に立つかもしれない。
そんなある日、村の周辺を偵察していたレオンが、険しい表情で戻ってきた。
「カイト、ちょっとまずいかもしれない」
彼の言葉に、作業の手を止めていた村人たちの間に緊張が走る。
「村の東、森を抜けた先の街道で、不審な集団を見かけたんだ。十数人ほどの武装した連中で、どうも行商人や普通の旅人じゃない。動きが統率されていて、武器も粗末なものじゃなかった」
武装した集団……。この世界に来てから、魔物以外の人間による脅威というものを、俺はまだ具体的に想定していなかった。
《対象:レオンの証言に基づく不審な集団。情報不足のため詳細解析不可。脅威レベル判定:中~高(警戒要す)》
「彼らは村の方向へ向かっていたのか?」
俺の問いに、レオンは首を横に振る。
「いや、街道を南へ向かっていた。だが、俺たちの村に気づいていないとも限らない。念のため、見張りを強化した方がいい」
長老も、レオンの報告に顔を曇らせた。
「うむ……この時期に、これほどの規模の武装集団がこのあたりをうろつくというのは、あまり良い兆候ではないのぅ。あるいは、どこかの領主の私兵か、それとも……野盗の類か」
野盗。その言葉に、村人たちの顔に不安の色が広がる。セレネ村は、主要な街道からは少し外れた場所にあり、これまで大規模な野盗の襲撃を受けたことはほとんどなかったという。しかし、それは村が貧しく、襲う価値もなかったからかもしれない。今のセレネ村は、以前とは違う。畑には作物が実り、食料の備蓄も増え始めている。それは、野盗にとって格好の標的となり得ることを意味していた。
「防御壁の建設を急ごう。特に、街道に近い東側の壁を優先的に強化する必要がある」
俺は即座に判断し、作業計画の変更を指示した。幸い、東側の壁は比較的平坦な地形であり、資材運搬も他の箇所よりは容易だ。
「だがカイト、まだ壁は完成には程遠いぞ。もし奴らが今すぐに襲ってきたら……」
レオンが懸念を口にする。
「分かっている。だから、時間稼ぎの手段も講じる。村の周囲に、いくつか罠を仕掛けよう。簡単なものでいい。敵の足止めになれば十分だ」
俺は、前世で読んだサバイバル知識や戦術の本を思い出しながら、いくつかの罠のアイデアを練った。落とし穴、トリップワイヤー、そして、魔狼の骨や牙を利用した簡易的なトラップ。構造解析スキルを使えば、それらの効果を最大限に高める設置場所を見つけ出すことができるはずだ。
その夜、村の男たちは松明の灯りの下、遅くまで防御壁の建設と罠の設置作業を続けた。女子供も、石を運んだり、縄を綯ったりと、できる限りの手伝いをしている。村全体が、一つの目的に向かって団結している。その光景は、俺の胸を熱くした。
不安と緊張の中で数日が過ぎたが、幸いにも武装集団が村を襲ってくる気配はなかった。彼らはそのまま南へ去ったのかもしれないし、あるいは最初からセレネ村に興味などなかったのかもしれない。
しかし、この一件は、俺たちに大きな教訓を残した。
村の豊かさは、同時に新たな脅威を引き寄せる可能性も孕んでいるということ。そして、自分たちの手で築き上げたものを守るためには、それ相応の力が必要だということだ。
「カイト、今回の件でよく分かった。俺たちは、もっと強くならなくちゃいけない」
防御壁の上から村を見下ろしながら、レオンが決意を込めた目で言った。
「ああ、そうだな。村を守る力を、俺たち自身で手に入れなければ」
俺たちの挑戦は、まだ終わらない。むしろ、これからが本番なのかもしれない。
セレネ村に新たな芽吹きが訪れると同時に、その未来を脅かす影もまた、確実に忍び寄りつつあった。
[[あとがき]]
第四話では、村の再生が進む一方で、新たな外部からの脅威(野盗の可能性)が示唆され、物語に緊張感が出てきました。
食料保存や防御壁の建設といった具体的な課題解決を通じてカイトのスキルと知識が村の発展に貢献する様子を描きつつ、リリアの才能の片鱗やレオンのリーダーシップといった周囲のキャラクターの成長も描写しました。
村人たちの団結と、カイトの「誰かの役に立ちたい」という想いがより強い形になっていく過程を示すことで、読者の感情移入を促すことを意図しています。
次話以降は、防御設備の完成に向けた努力と、実際にその設備が試されるような出来事、あるいは村の外との接触といった、さらに物語が大きく動く展開を考えています。カイトのスキルが戦闘や防衛においてどのように応用されていくのかも、見どころの一つとなるでしょう。
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