第33話 勇者のこと

ごちゃごちゃ考えていた頭の中が真っ白になった。

最初は勇者の偉業を真っ向から否定されたのかと思ってしまったからだ。

でもそれは、ソリーサさんの寂しそうな笑顔がすぐに否定してくれた。


あの兄がそんなことをしたなんて信じられない。

たとえ世界を平和にして帰ってきたとしても、ソリーサさんにとっては普通の家族である。

物心ついたころから自分を守ってくれていたやさしい人、それだけなのだ。

自分の前ではあの頃とほとんど変わらない。

なのに、誰も彼もが兄を褒めたたえ、想像もできないような話をする。

兄に直接聞いたり、新聞の記事を読んだりしても、受け止め切れなかった。


「聞けば聞くほど、今の兄は別人なのではないかとすら思えたこともありました。

だから兄について聞かれた時、私しか知らないことを話すのがせめてもの抵抗みたいになっていました」


自分は馬鹿なことをしていたとでも言いたげな表情をしていたが、それを何年もやれることなのか僕は少し疑問に思った。

ソリーサさんしか知らない勇者の話をするにしたって、その前置きとして数々の武勇伝が乗っかってきていたはずだ。それに対してごく普通の兄の話をぶつけて対抗していた?

たしかにそういうのもいいけれど、聞きたいのはもっと勇者らしいものというか。

並の精神力ではないかもしれない。ある意味勇者の妹といったところかも。

もしくは、勇者前と勇者後で共通しているところを他人に伝えることで、あれはちゃんと自分で兄であるということを自分に言い聞かせていたのか。


ソリーサさんから零れ落ちた感情から、わずかに光明が見えてきた。


「ソリーサさんは、勇…お兄さんがかなりお好きなのですね」


あれだけのことを話しておいて、ソリーサさんは照れた。

そのしぐさには幼さが混じり、理想の妹という幻想を体現していた気がして、思わずかわいいと言いかけるほどだった。


「はい、正直自分でも行き過ぎていると思えるくらい兄のことは好きだと思います。

目が悪く、病気がちで、普通の男の子だったらそんな妹をほっといて遊びに行ってしまうのに、兄は毎日私を楽しませてくれました。

それを申し訳なく思うこともありましたけれど、私にとっては兄との時間がすべてでした」


兄から聞く話、兄が持ってきた物、兄が連れて行ってくれた場所。

ソリーサさんの世界にはかならず兄がいて、彩ってくれていた。

僕にそんな献身的なことができるか?と考えると、ソリーサさんが兄を慕うのは当然である。

後の勇者なんてのはまったく関係無い。そのやさしさだけでも誇りだった。


故に、勇者という称号はむしろ不純物でさえあるかもしれない。


「お兄さんもソリーサさんを大切にしていたのですね。

勇者として旅立つのも悩まれていたんじゃないですか?」


それを聞くと、ソリーサさんは少し押し黙ってからこう答えた。


「そうでもありません。むしろ積極的でした」


先ほどの話を聞いた後だと、たしかに意外であった。

妹のために世界を守るというのも考えられるが、病気がちな妹を残すことに躊躇があってもいい。


「たしか、お兄さんは少し遠くへ出稼ぎに行っていた時に、勇者への第一歩を踏み出したと聞いています。あの、そこから帰った時には今までと様子が違っていたのでしょうか?」


「…そうですね。予定よりもかなり帰りが遅くて心配させたことをすごく謝ってくれました。

でも、やらなくてはならないことがあるとだけ言って、泣いて止める私を振り切って行ってしまいました」


「だいぶ様子が違うように感じますね。その時は他に誰かと一緒でしたか?」


「はい。何人かと一緒だったと思いますが、わかるのは大人の女性、よくわからない話をしていて、たぶん魔法に関することだったと思うのですが」


勇者一行の中には魔法使いが何人かいる。その内で大人の女性が当てはまるのは三人?くらい。ただ、こんな序盤で魔法使いが登場しているのは初耳だった。

勇者の軌跡を後世に残すためこと細かく記録されており、僕はあらゆる書籍を読んでいる。

もちろんすべて読めているわけではないが、大事な始まりに携わっていた魔法使いが記録から漏れるだろうか?


それらの記録は勇者から語られたものから構成されている。

ということは、勇者が隠しているということか?

しかも、その魔法使いも黙って見過ごしている?


「それとなのですが、お兄さんがいない間は町の人たちが支えてくれていたと聞いています。

勇者として旅に出るとなると何年も帰れないはずです。その間はどうされていたのですか?」


「それは今まで通りみなさんにお世話になっていました。ただ…」


ソリーサさんが当時の感情を思い出すかのように考え込む。


「兄の旅立ちにとても理解がありました。何か聞いているような感じがしましたが、私のためにとしか言ってくれませんでした」


ソリーサさんは首にかけていた空のペンダントを握りしめた。


「それをとても悲しく感じていました。だからですかね、最初の頃は兄からもらったこのペンダントしか心の拠り所がありませんでした」


ペンダントとは、マズー霊石が入っていたと思われる勇者からの贈り物。

それが、勇者としての旅立ちの段階からあった?


なにか、この時に何かがあったんだ。


僕が知っている物語には無かった、語られていない部分が姿を見せようとしている。

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