第19話 ある日の勇者

空気が一変した…ような気がした。

佇まいはあのやさしい雰囲気のままなのに、背過ぎが伸びる威厳のようなものを感じる。

品性から来るものではなく、なんというか、強さのようなものから。


「今更になってしまいますが、お名前を伺ってもいいですか?」


僕は緊張していた。勇者の家を訪れた時の高揚感もある。

まさか本当に勇者と繋がりがある人だった?


「私はウィルコといいます。

といっても、私の名前はどこにも無いのですけれど」


ウィルコさんが言う通り、初めて聞く名前だった。

期待していたところもあるが、さすがに勇者一行の一人ではなかった。

だけど、謙遜とかではなく名前が無くてあたりまえといった様子が、今まで出会った人たちとは違う。

勇者とはどういった関係だったのかを聞きたい。

その一方で、騙されているのではないか?という疑いもわずかにあった。

この女性に限ってないとは思うけれど、含みのある話し方がどうにも気になる。


僕が何から聞いたらいいのか言い淀んでいると、ウィルコさんの方から話始めてくれた。


「隠そうとしてごめんなさい。もう勇者についてあれこれ聞かれることは無くなったけれど、これでも最初は多かったものですから」


「いいえ、とんでもない。こちらこそ不躾な質問をしてしまって」


恐縮してしまっている僕に、ウィルコさんはやさしく微笑んでくれる。


「あなたは、ただの興味本位で聞いているわけではなさそうね。

新聞屋というのもあるのでしょうけれど、勇者に対してとても敬意を払っている」


「それはもちろんです。僕の命の恩人ですから」


いつものような決まり文句ではなく、ちゃんと誠意を伝えたくてそう言っていた。

本当に不思議だ。この人はちょっとした知り合いとかではない。そう思わせてくる。


「そうですか…」


ウィルコさんはまるで噛みしめるように僕の返答を受け止めた。

しばし沈黙が続いた後、ウィルコさんが勇者について語ってくれる。


「最初に話した通り、あの子は決めたことはやり通す男の子でした。

それも痛々しいくらいに。年上の私からしたらまだ幼さが残っているような歳なのに、決して曲げず、弱い部分を人に見せることはありませんでした」


口調が少し変わっている。

話し方からして、勇者になり立ての頃から知っているような感じだ。

決意に満ちた明るさではなく、内に秘めた暗さがあったと言っているようだ。


僕は黙って聞いていた。

ちゃんと最後まで話してくれるような気がしていた。


「でもそれは、幸せに暮らせていた私だからそう感じてしまったのかもしれません。

生活に苦しんでいる人や、戦いに赴こうとしている人たちからしたら、確固たる決意に見えたことでしょう。あの少年は本気で世界を変えようとしている。そう感じた大人たちが集ってくるのもまた自然なことだったのだと思います」


人々の道しるべになろうとしている勇者の話。

若さと、勇気と、希望に満ちている姿が脳裏に浮かんでくる。それはまさに勇者であった。

そんな英雄譚の序章にいながら、ウィルコさんは勇者に影を感じていた。


「どんな状況でも諦めず、人を励ましていました。

それを逆に疎ましいく思った人たちもいました。希望を失い、心が折れてしまった人たちです。

そんな人たちにもあの子は毅然とした態度を取り続けていました。

投げつけられた言葉や態度だけを受け止めるように」


馬車の護衛をしていた人の話を思い出す。

勇者に巻き込まれたと思っている人たちもいる。

僕には到底理解できない考え方だが、今はほんの少しだけわかるところがあった。

新聞屋としてヌイさんのようになれることが理想ではあるが、僕があれになれる気がまったくしない。

目指してはいるけれど現状で満足しているところもある。そんなところに、もっと死ぬ気で頑張らないかと言われて、やる気が出るだろうか?

ヌイさんはうまく後輩を導こうとしてくれるけれど、ウィルコさんの話だと勇者はそういう人たちには目もくれず先へ先へと進んでいる。


何事にもそういう人たちは現れる。だから勇者の行動は理解できる。

ただ、それはあまりに当然の態度でもあった。

ウィルコさんは黙ってそれらを受け入れているように言っているが、最初に語ってくれた暗さとは合わさらない。


「私はもう10年以上会ってはいないからなんとも言えないけれど、

ただ生きづらくてとか、誰かの影響でとか、そんなことで自殺することはあり得ない」


だから、自殺には誰にも言えない理由がある。


僕はそう勝手に締めくくった。

ウィルコさんの語る勇者にはそういった見えてこない人柄があったからだ。

救いのある理由ならいいけれど、どうもそんな感じではない。


「貴重なお話、ありがとうございました」


ウィルコさんの話が終わったことを確認してから、僕は深々と頭を下げた。

勇者とはどんな関係だったのか聞きたいけれど、記事にする上でその人の素性は書かない方針としている。だから、聞いたところで個人的な質問になってしまう。

ウィルコさんも話したい感じでもなかったので、僕はここで引き下がった。

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