第2話 壊れた約束、アキの選択

アキが、笑っていた。


 


制服姿で、堂々と群衆を仕切っていた。

かつて、ひなが信じていた少年が――。


 


「ヒナちゃん、君の声じゃ誰も救えないよ」


 


ひなの手から、剣がこぼれ落ちる。

足元に横たわるのは、もう泣き声を上げない妹だった赤子。


 


「うそ……お母さん……なんで……?」


 


母は、泣き笑いのような顔で言った。


 


「ごめんね。でも、これしか……

 みんな、そうしてるもの……」


 


正しさなんて、意味がなかった。

この世界では――**狂っている者だけが、生き残れる**。


 


アキが群衆に向かって叫ぶ。


 


「さあ! 子供を差し出した者には、出雲での席を用意する!

 栄誉、食料、住居、安全――欲しければ、贄を持て!」


 


村人たちが一斉に走り出す。

赤子を抱え、笑顔で、アキのもとへと殺到していく。


 


「アキ……どうして……?」


 


ひなは震える声で問いかける。

彼は軽く笑って答える。


 


「俺さ、ずっと思ってたんだ。

 あの頃、お前の弟たちに殴られて、笑われて。

 “正義”ってやつが、どれだけ残酷かってな」


 


ひなは息を呑んだ。


 


「……だからって、これは……!」


 


「“だからこそ”だよ、ヒナちゃん。

 俺はもう、守る側なんてやらない。

 選ばれる側に立つんだ」


 


アキは静かに槍を構える。

ひなも、泥にまみれたまま、拾い上げた刃を構え直す。


 


周囲の村人たちは、誰一人止めようとしない。


 


「やめてよ……!」


 


涙が、止まらなかった。

それでも、ひなは足を踏み出した。


 


「こんなの、間違ってる!!」


 


剣と槍がぶつかり合い、火花が散る。

血の通った戦いが始まる。


 


アキの槍がひなの肩を裂き、ひなの剣がアキの足を切る。

互いに傷つきながらも、言葉を交わす。


 


「選ばれなかったくせに、なに正義ヅラしてんだよ!」


 


「選ばれなかったからこそ、私は――!」


 


その瞬間、アキの槍が折れた。


 


ひなは反射的に、剣を振り抜いた。


 


アキの体温が、刃越しに伝わってくる。

彼の表情は、どこか懐かしい“幼馴染”の顔に戻っていた。


 


「……やっぱ、お前は……強ぇよ」


 


アキが、崩れ落ちた。


 


群衆は黙っていた。

誰も悲鳴を上げず、誰も彼を悼まなかった。


 


血に染まった剣を見つめながら、ひなは呟く。


 


「私は……何者なんだろう……」


 


その問いに答える者は、もう誰もいなかった。

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