第3話:伝説の秘薬エリクサー

 魔人オークリアの体が崩れ落ちた瞬間、部屋中に白銀の光が弾けた。


 その場にいた全員が目を細める。


 そして、光の収束と共に、硬貨や装備品、宝石、魔法具といった膨大な戦利品があふれ出した。




「こ、これは……!」




 ティアナが目を輝かせる。「白金貨が……ざっと五十枚はありますわ!」




 ノエルが転がるアイテムの中から黒曜石のナイフを手に取り、唸るように言う。


「これ、希少素材だ……かなりの戦利品だな」




「この辺りは後で分配するとして……」


 フローラがふと、小さな木箱に目を留める。「これ、なにかしら……?」




 彼女がそっと蓋を開ける。


 中には、翡翠色に輝く小瓶が、慎重に保護されるように納められていた。


 その液体は、ほんのりと温かい光を放っていた。




「……これ、間違いない。伝説の秘薬エリクサーだよ」




 レオンがゆっくりと口を開く。


 その表情は驚きよりも、どこか安堵に満ちていた。




「エリクサー。魔法でも治せない深い火傷や傷痕を、根本から癒せる……ずっと探してたんだ。こんな形で出会えるなんて……」




 パーティーの面々はその名を知らないのか、怪訝そうな顔をする者もいたが、誰もレオンに疑念を向けなかった。




「ほぉ、そんなに価値があるもんなのか」


 その小瓶を、不意にロイドが横からひょいと奪い取る。




「回復魔法でも治らない火傷が治る? へぇ、それはすごいな。だったら余計に俺が持っておくべきだな」




「……ロイド、それは……僕に譲ってもらえないかな」




 レオンが静かに言った。


 だがその言葉に、ロイドは鼻で笑った。




「は? お前、何を寝ぼけたことを。ドロップアイテムの取得優先権はリーダーであるこの俺にある。規則だろ?」




 レオンはうつむき、深く息を吐いた。




「お願いだ。君にとってはただのアイテムかもしれないけど、僕にとっては……この薬じゃなきゃ癒せない傷があるんだ」




「だからってタダでくれてやれってのか?それなりの対価を払えよ、料理人」




 そう言ってロイドは、わざとらしく小瓶をくるくると指先で転がした。




「……わかった。だったら、報酬をすべて君に譲る。それでいいなら、売ってくれないか」




 その視線に、ロイドはわずかに眉をひそめ――




「……チッ、好きにしろ」




 不機嫌そうに小瓶をレオンへ放り投げた。




 レオンは静かにそれを受け取り、丁寧に両手で包み込んだ。


 そしてフローラの方へ向き直る。




「……これで、君の顔が元に戻るかもしれない」




「えっ……わ、私に?」




「君が飲んでほしい。君の笑顔を、また見たいんだ」




 その言葉に、フローラは言葉を失い――


 そっと、小瓶を受け取った。




 レオンが差し出した小瓶を、フローラは震える手で受け取った。


 その翡翠色の光が、傷跡の残る彼女の頬にやさしく反射していた。




「……これを、私に?」




「うん。ずっと、探してた。君の火傷を……治せるかもしれない唯一の薬だから」




 レオンは静かに微笑んでいた。




 フローラは小瓶を見つめたまま、口を開いた。




「でもレオンにも必要でしょ? あなたの顔だって、声も……」




 彼女の瞳に涙がにじむ。




「私だけが綺麗になって、あなたがその傷のままなんて、そんなの……」




 フローラの手が震える。小瓶を差し出しながら、必死に言葉をつなぐ。




 だが、レオンは小さく首を横に振った。




「……ありがとう、フローラ。でも……僕は、これでいいんだ」




「どうして……?」




「君が笑ってくれるなら、僕の顔なんてどうでもいい」




 その言葉は静かだったけれど、誰よりも強い意志が込められていた。


 フローラの瞳から、静かに涙がこぼれ落ちる。




「……ありがとう、レオン」




 彼女はすすり泣きながら、小瓶の蓋を開ける。


 そして、震える唇で中身を口に含んだ。




 淡い光が彼女の体を包み込む。


 焼け爛れていた肌が滑らかに戻り、やがて、かつて“村一番の美少女”と称された面影が蘇っていく。




 頬を伝う涙が、今はただ美しかった。




 レオンは黙って、それを見守っていた。


 満足そうに、どこか誇らしげに――けれど、その顔には微笑すら浮かんでいなかった。




(君が幸せであれば、それだけで十分だよ)




 その心の声が、誰にも聞こえることはなかった。

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