第二の鼓動
綴野よしいち
第1話:孤独なる心臓
深夜、病室の窓の向こうに浮かぶ月は、妙に白く冷たかった。
この世界に希望の色なんて残っていないように見えた。
静まり返った病室。モニターの「ピッ、ピッ」という電子音だけが、生命の証を刻んでいた。
その音が、いつ止まってもおかしくない。
それが、九条律という男の現実だった。
彼の心臓は、生まれつき欠陥を抱えていた。
手術も何度か受けたが、とうに限界は来ていた。
医師は、もって数ヶ月だと静かに告げた。
それからの時間は、彼にとって「終わりを待つだけの時間」だった。
だがその夜、不思議なことが起きた。
――自分の心臓とは、別の“何か”が、胸の奥でトクトクと脈打った気がしたのだ。
「……え?」
ベッドの上で身を起こし、耳を澄ます。
確かに、鼓動がふたつ聞こえる。ひとつはいつもの不安定な鼓動。
だがもうひとつ、もっと深く、もっと静かで――それでいて、異様なほど強い鼓動が、確かに存在していた。
違和感ではない。恐怖でもない。
それは、懐かしさに似た感覚だった。
「誰か……いるのか?」
誰にともなく問いかける。
応える声はなかった。
けれど、まぶたの裏でふいに景色が変わった。
――病室ではない。
そこは、白く、無音の空間。空も地面も存在しない。
ただ、自分と、もう一人の「自分」が向かい合っていた。
「ようやく、聞こえたんだな」
その“もう一人の自分”は、静かに言った。
顔も声も同じはずなのに、なぜか彼のほうが、ずっと生き生きして見えた。
「……誰だ、お前は」
「俺は、お前の“裏側の心臓”。死後の世界にある、もう一つの命だよ」
律は言葉を失った。
“もう一つの命”?
“死後の世界”?
意味がわからない。理解したくもない。
「目を覚ませ、律。お前の“現世の心臓”は、もう長くはもたない。でも、俺がある限り――お前は終わらない」
次の瞬間、白い空間がゆらぎ、まるで水面に沈むように意識が暗転した。
そして彼は、再び病室の天井を見つめていた。
だが、あの夜から――確かに何かが変わり始めていた。
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