18、新しい執事は煌めいて

 何日、おふとんの中で過ごしているかわからない。

 でも、スレイは来ないし、どこかにおにいさまがいるかもしれないし、ここが一番安全なの。


 ヴァイオレットに悪いから少しだけごはんを食べるようにしたけれど、味がよくわからないの。

 ふわふわのパンも、みずみずしい野菜も、甘い果物も、全部、にがいような気がする。食べる気がしない。お水も紅茶も別の液体に感じるから、あまり。


 だから、おふとんで丸まっているの。きっと、うじむしとかってこんなかんじ。

 ジュリア様の望んだとおりになってしまったのだわ。でも、これでいいもの。

 いいのだわ。もう。


「おはようございます。デルル・ディステル・イーテル王女!」


 知らない大声といっしょに扉が開かれた音がした。

 そして、急に明るくなって、寒くなった。

 ふとんが舞っているのが見えたのだわ。はがされたの。きっと。

 誰に?

 なに?


 わたしはゆっくり起き上がる。

 そこには、知らない子がいた。

 わたしよりも、少しおにいさんで、スレイよりは幼いような。

 執事服の子。ウェーブがかった茶髪をひとつにまとめていて、長いまつげと、大きな黒いおめめで、少し女の子みたいな子。

 執事服の子はわたしの前にひざまづいた。


「私はレイモンド・ミューズ・オセローと申します。歳は先日、十五になりました。父は豊穣領主と名高いオセロー男爵、母は古の国王より音楽の恩寵を賜ったミューズ家の出でございます。本日より、デルル殿下の元で執事としてお勤めすることになりました。末永く、ご登用いただくようよろしくお願いいたします」


 ほがらかな声で名乗りを上げた後、顔をあげて、笑った。


「どうぞ、私のことはお気軽にレイとお呼びください」


 朝日でレイの顔がきらきら、とてもまぶしく見えた。

 よくわからないのだわ。この人。

 ふとんにかくれたかったのだけど、とおくにいってしまったの、ふとん。

 床に落ちてるのが見える。


「姫、早朝に不躾に申し訳ございません。不愉快でしたら、この場で今すぐ処断なさてください。しかし、その前に……。その前に、少しよろしいでしょうか?」

「……いいのだわ」

「ありがとうございます」


 レイは真剣な顔でわたしを見ていた。


「姫、花言葉というものを知っていますか?」

「聞いたことないのだわ」

「左様でございますか。最近は、花の特徴にあわせて、花に意味を持たせるという文化があるのです」


 レイはわたしの前に手を差し出した。白手袋の手。何も持っていない手。

 こぶしを作って、くるっと回転すると――白いスミレの花が出てきた。


「え……!」


 何もなかったのだわ! どこから出てきたのかしら?


「白いスミレの花言葉には、忠誠や小さな幸せというものがあります。小さい花弁や慎ましやかな様子が、そう連想させるのでしょうね」


 レイは白い歯をみせて笑った。

 スミレの花をわたしに差し出す。


「姫、これを貴女に捧げます」


 ちょっと王子様みたい!


「よろしく、レイ」

「はい、よろしくお願いいたします」


 レイは改めて、頭を下げた。


「ねえ! さっきのもう一回できる?」

「スミレは出せませんが、色々できますよ。ほら!」


 レイが手をくるくるさせると、いろいろなお花がぽんぽん出てきた。

 その次は上着をはためかせて、何もないところからこねこさんを出して、その次は右手にあったコインが握ったら、左手に移動していて、その次はロープを指にかけて、こぶしを作って取れないはずなのに、ひっぱったらとおりぬけて――。


「すごい! すごい! すてき! まほうみたい!」


 たくさんたくさん拍手した。

 いつのまにか、ベットの上から立ち上がっていた。


「喜んでもらえたようで何よりです」


 レイは右胸に手を当てて、丁寧にお辞儀した。

 動きが指先まで綺麗で、頭の下げるはやさはが羽が落ちるみたいなかんじで、優雅。

 高貴な騎士みたいで、――絵本の王子様が出てきたかんじがした。


 


 

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