2、ちょっとこわいこんやくしゃさま

「お帰りさないませ。デルル殿下」


 離宮に戻ると、専属侍女のヴァイオレットが入り口でお辞儀をしていた。

 わたしはいつも通り、目配せだけして彼女の横を走り抜けようとした。


「お、お待ちくださいませ! あの! サー=スレイキルが来ておりまして……」


 サー=スレイキル。わたしは足を止めて、ヴァイオレットの方を向く。


 サー=スレイキル・ペンドラゴン・スノーフィールド。

 わたしの婚約者だという人。三か月前に国王陛下おとうさまが決めた人。

 顔をあわせたことはあるけれど、怖くて泣いてしまったから、それ以来、お手紙でしかやりとりしたことない。

 そのお手紙でも、お天気のお話と、わたしの体調を気づかう内容しか書いてないから、どんな人かはわからない。


 確か、前の手紙に少しだけなら会っても大丈夫とは書いた気がするけど、どうして?


「応接間にお通ししようとしたのですが! 外でいい、入り口で立っているから問題ないと、おっしゃいますので! どうにかして庭園のテーブルに!」


 ヴァイオレットは誇らしげな顔で両腕を振っていた。

 彼女はわたしの専属侍女になって一週間も経っていない。


 先任は二十三歳だったけれど、日に日に白髪が多くなっていて、支離滅裂な理由で怒鳴っていて、たぶん、他の王宮の侍女と合わなかったのだと思う。


 がいないから、何もない新任をこちらに置いたのだわ。


 ヴァイオレットは、教会の出で、生家はないといっていたから、色々と苦労してここまで来たのだと思う。

 長くいてほしいわ。それか、もっと平和なところに務めてほしいのだわ。いい人だし。


 わたしはヴァイオレットの服の袖を少し引っ張る。

 彼女はお任せくださいと、わたしを庭園まで案内した。


 丁寧に切りそろえられた緑の生垣。

 瑞々しい水滴がついているつぼみの花壇。

 その中央に真っ白なテーブルセットが置いてある。

 いつもなら、砂か枯葉しか座らないのだけれど、今日は黒くて大きい人がいる。


 サー=スレイキル。わたしより十五歳も年上の婚約者。

 わたしは彼の前に座り、しっかりと見る。


 髪は短め結っていて肩くらいの長さしかない。

 黒い瞳は光を映していなくて、何を見ているのかはよくわからない。

 端正な顔立ちはしているけれど、表情が何もなくて、人、なのかしら。

 紅茶のカップ持ち方や飲み方は教本とそっくりそのまま同じで、綺麗すぎる。

 よくわからないけれど、なんかこわい。


 ――大丈夫なのだわ。わたしは特別! 前はものがたりやさんだったもの!


「どうして?」


 わたしが声を出すと、周りの音がすべて消えた気がした。


「殿下が! 殿下がおはなしに……! ううう……」


 代わりに、ヴァイオレットの感涙の声が聞こえた。本当にいい人。


「話せるようになったのですか?」

「……べつに」

 

 彼は少し首を傾げるだけで、顔は眉一つ動いていない。


「少しだけ会っても大丈夫と手紙にあったので、顔だけ見ていく予定でした」

「そうなの」


 特に理由はなかったみたい。勇気、出さなくてもよかったのだわ。


「……気になっていたのだけれど、どうして、騎士称号きししょうごうを持っているの?」


 でも、もったいないからお話はしてみようと思うの。

 騎士称号サーは国に対して著しい貢献をした人に与えられる称号。

 もらえた人はここ十年いない。

 そんな称号を頂いた方だし、なにかきっとすごいことをしたのだわ。


「戦争を終わらせたから、らしいです」

「戦争していたの?」

「はい。公式には四年間。厳密には七年間」

「こうしき……?」

「宣戦布告の文書を送ったのが四年前ということです。小競り合い自体はもっと前からありました」

「なんで?」

「原因は複数あって説明しがたいですが、最初は農地の開拓でもめたと聞いています」

「どうして終わったの? 勝ったの?」

「相手に続ける利点がなくなり、本国に降伏したので終わりました。何を勝ちとするかにもよりますが、損傷は少ないので勝ちといえるでしょう」


 質問されたことに正確に。あまり言葉を飾らない答え。

 まるで、学術書と話しているみたい。


「貴方は何をしたの?」

「特別なことは何も。騎士団にて職務を全うしただけです」


 あとは、彼の顔を見ていた。特に何も思い浮かばない。

 他に聞きたいことはありますか、と質問してきたので、ないわ、と答えた。

 スレイキルはそれでは、帰りますと挨拶をしてから、離宮を出た。

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