三人分のチケット

 愛沢ノアは日傘の持ち手をぎゅっと掴んだまま、視線は陸上競技場の入り口と黒松ヒマリの靴を行き来した。

 ヒマリは丸メガネのフレームに指先を添えた。

 凍てつく眼差しで競技場の看板を静観し、周囲を見回している。


「あの、ヒマリちゃん……」


 なんて言えばいいか、ノアは続きを探す。

 ミクは手帳の隙間からチケットを取り出した。

 その小さなチケットには『全国高等学校総合体育大会◯◯県予選 女子サッカー競技』と印字されている。


「チケットは手配済みです。サッカー部の方と何度かやり取りをしていたら、譲ってもらえました」


 眩しくニコッと笑うミク。 

 ヒマリは我関せずの表情を少しだけ崩し、フッと微笑んだ。


「帰るわ」


 踵を返した。


「ま、待ってヒマリちゃん!」


 ヒマリはピタリと立ち止まった。

 ノアは日傘を畳んで回り込んだ。


「ヒマリちゃん……えと、まずはごめんなさい、嫌な気分にさせちゃったよね。で、でも、このままじゃダメな気がして。マナカちゃん、ずっと気にしていて……」


 重い空気に顔が下を向いてしまいそうになるノアは、一呼吸しながら少し上を覗く。

 丸メガネの奥で視線を逸らしたヒマリ。


「これは、私の問題なの。でも心配してくれてありがとう……ミクも、分かっているならどうしてこんなことをしようとするの?」


 口元だけ微笑むミクは、チケットを三枚分見せる。


「このチケットは、マナカ先輩が用意してくれたんですよ」

「ミク」

「観るだけです。ワタシたちは友達の応援に来ただけですから」


 そう言うと、チケットをノアとヒマリに差し出した。

 ノアはそっと受け取る。

 横に目をやれば、指先を下ろしたままチケットを見つめるヒマリ。

 目を細め、紡いだ唇。

 ノアはチケットを胸に寄せた。


「ヒマリちゃん」


 揺らぐ瞳と目が合う。

 ノアは優しさを摘まみながら言葉を選んだ。


「もし、耐えられなくなったらいつでも抜け出せるから……ねっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る