本題の前に

「えっと、あの」


 自己紹介されても、どなた、となる。

 愛沢ノアは果たし状とバニラアイス、それからテーブル席に座るミクを何度も見た。

 特に何を言うわけでもなく、ニコニコしているミク。

 まばらな客はランチを食べることだけに集中していて、学生同士のやり取りなど気にも留めていない。


「バニラアイス、頼んでない、よ?」

「あれ、甘いの好きじゃないんですか? わたしは結構好きですけどぉ、勉強の合間に適度な糖分を摂るとリフレッシュできます。先輩はよく新商品のデザートをご学友と食べていますよね。テスト期間前にカフェでおしゃれなソーダゼリー、別日にコンビニの新商品、確か抹茶クレープとカラフルなわらび餅でした、でもあんまり摂りすぎると血糖値が急上昇してしまい」

「ちょ、ちょっと待って、ホントに、ストップ」


 両手を前に出して、情報の波を塞いだ。

 さきほどから手汗が止まらないノアは、体内の熱で顔を真っ赤にさせている。


「どうして私のことを、突っ込みどころが多すぎてどうしたらいいのか……そもそも果たし状って?」


 恐る恐る訊ねた。

 ミクは明るい笑顔で答える。


「父が休憩時間によく読んでいる漫画のシーンに、果たし状という言葉が出てきたんです。墨で書いてあるのがまた面白くて、興味本位で書いてみました」


 中身は白紙です、と付け足す。

 果たし状を広げてみると、ミクの言う通り白紙だった。


「すみません、驚かせてしまって……ヒマリ先輩に説教されると大変ですから、ショートメールを消してもらっていいですか?」

「う、うん」


 言われた通りにショートメールの履歴から削除する。


「ありがとうございます。それでは先輩、本題に入りたいところなんですが、その前に中華ご馳走します」

「え、う、うん、ありがとう」


 ミクは溶けはじめたバニラアイスを食ながら、ベルを鳴らす。単調なポーンという音が鳴り、奥から女性が「はーい」と出てきた。

 髪を後ろに結び、少し太めの眉に童顔の女性は、優しい笑み浮かべる。


「ミクが言ってた友達だね、初めましてミクの母です。仲良くしてあげてねぇ」

「そうなんです、わたし友達少なくて、今のところヒマリ先輩以外いません」


 にっこり、純度いっぱいの笑顔を再び見せたミク。

 ミクの母もニコニコと笑い合っている。


「え、えぇー……は、はい」


 戸惑いながらもノアはご飯少なめの棒棒鶏セット、デザート付きを注文した――。

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