燻る感情
ある日の夕方。
愛沢ノアは、友達とカフェ巡りをしていた。
最近オープンした古民家カフェで、グラスに注がれたソーダを眺める。
ソーダの中で気泡がまとわりついたカラフルなゼリーと、薄切りのキウイ。
友達は宝石みたく輝いているデザートを撮って早速SNSに投稿している。
ノアは、写真を撮ったもののSNSに投稿しなかった。
それよりも気になるショートメールでのやり取りした短い文。
平日の午後四時頃という履歴が並ぶ。
『……もうちょっとしたら、ヒマリちゃんと帰る。今、あの路地裏でヒマリちゃんはタバコを吸ってる。健康に良くないし、心配だなぁ。そういえばあのおじさんのことマスターって呼んでた。どんな話をしてるんだろ。どんな関係?』
眉尻が下がる。ジト目で画面を睨んだ。
胸の奥で燻る音がノアの気持ちを窮屈にさせた。
「うーん……」
「ていうかノアさぁ、この前よその子と歩いてたじゃん、あのセーラー服ってめっちゃ偏差値高い学校のだよね。どうやって知り合ったの?」
不思議そうに友達が訊ねる。
「そうそう、あそこみんな勉強一筋マシーンみたいな人ばっかりじゃん、通ってる塾にもいるけど、すっごい鬼の形相で勉強してるから怖いのなんの。こりゃ小動物オーラの為せる業かぁ?」
「え、えー小動物オーラって」
「まず可愛いし、食べる時の一口も小さいし、甘いの食べてる時の幸せそうな顔見てるとさぁ、小動物だよねぇ」
友達が向かい合って「ねぇー」と共感の合図を重ねる。
ノアは困り眉で笑みを浮かべて、この場をやり過ごした――。
——友達と別れ、水商売のテナントが集まる一角の手前で立ち止まる。
路地裏から早足で出てきた三つ編みおさげの黒松ヒマリを見つけ、自然と口角が弾む。
「ヒマリちゃん」
「ノア、お待たせ」
丸メガネの奥で凍てつく瞳と我関せずの表情を崩して、名前を呼ぶ。
いつもの交差点まで、二人は歩幅を調整しながら歩いた。
「ヒマリちゃんは、その……」
「なに?」
「あの人、マスターさんって、ど、どういう」
気になることなのに、ノアは迷いながら訊ねようとする。
あぁ、とヒマリは大したことでもなく淡々と話す。
「母の知り合いよ。私が小さい頃、母はスナックの雇われママをしていた。マスターはその頃からバーを経営してる人。変な関係だと思った?」
「え、へぇ、少し」
「あははっ、ある意味変な関係だけど、アレを嗜む以外は何もない」
ノアはこっそり胸を撫で下ろした―—。
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