興味

 軽快な音が鳴り、自動ドアが開いた。

 愛沢ノアは三つ編みおさげからローファーまで全身をずっと目で追いかける。

 店員と他の客が、黒いセーラー服に物珍しい目線を送っていた。


「愛沢さん、ここで待っていてくれたの?」

「う、うんっ、でもそんなに待ってないよっ」


 バニラの甘く優しい香りがふわりと漂う。

 テーブルに焦りを散らしたカフェラテと抹茶ティラミスの欠片がスプーンごと転がっているのを軽く覗いた黒松ヒマリは、凍てついた瞳を緩める。


「私、コーヒーを飲みたいから、ゆっくり食べて」

「うん、ありがとう」


 早足でレジに向かっていく。

 座り直したノアは、軽く逆上せた状態でカフェラテを飲んだ。


『ヤバい、なんか緊張してる。顔あつぅ』


 掌を団扇代わりにひらひら動かし、火照る顔に風を送る。

 代金を支払い、空のカップを持たされたヒマリは、コーヒーマシンまで進んだものの、少し困惑した表情で戻ってきた。


「黒松さん?」

「愛沢さん、ごめんなさい、これってどうしたらいいの?」

「え、あっ、マシンのところにカップを置いて、選んだサイズのボタン押すんだよ」


 ノアは一緒についていき、コーヒーマシンの扉を開け、カップを置く。


「えっとコーヒーМなら、ここ。メニュー多いから押し間違えると、溢れちゃうかも。押したら後は勝手にしてくれるよ」

「ここを、押す……」


 慎重に、恐る恐る画面のボタンを押し、カップにコーヒーが注がれる。

 戸惑いながらもコーヒーを取り出したヒマリは、気恥ずかしさから唇を緩めて、「ありがとう」と呟いた。

 昨日とは違う表情と、新たな一面を垣間見たノアは、人知れず胸を擽られてしまう。

 飲食コーナーのテーブル席に戻った二人は、ぎこちなく微笑んだ。


「あのね、黒松さん」


 ノアから先に話しかける。

 俯き、ちらっと上目遣い気味に、言葉を躓かせた。


「昨日の話……なんだけど」


 ヒマリは、えぇ、と優しく頷く。


「テスト期間じゃないなら大丈夫」


 脳内で考えていたシミュレーションよりもあっさりで、拍子抜けで、ノアは安心いっぱいに息を吐く。


「ほ、ホント? 良かったぁぁ」


 気の緩んだ笑顔で抹茶ティラミスをどんどん口に運ぶ。


「私も愛沢さんに興味があるの」


 小さく微笑んだヒマリは、カップに色のある唇を寄せ、カフェインを摂取する。

 遠回りでいてストレートな言葉を投げられ、口の中で味わっていたはずのほろ苦い甘さが消えてしまう――。

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