輪廻は巡るその先は
ヒナの子
プロローグ
白く小さな羽根が目の前にヒラヒラと舞って消えるような幻覚を時々見ることがある。その時、世界がより一層の綺麗に見えて、路地裏にすら太陽がそこにあるかのように輝いて全てのものが、どうしようもない景色でさえも美しく感じてしまう…そんな風に思えることがある。
少し古くなった机に座る。この机も随分使い込んだものだ。そっと机を撫でるように触れる。
私はもうそろそろ18歳になる。もう前日だ。
母に誕生日ケーキについてやプレゼントについての話を沢山されるのでこちらも明日が楽しみになってきている。ようやく18という年齢になった。あと2年で20歳になってしまうのだと思うとあっという間だ。
20歳になったらやってみたい事はいっぱいある。今まで貯めた貯金を一人旅に一気に使おうと決めている。一人旅と言っても1人でキャンプに行ったり、海外に遊びに行ったりといったことだ。大学の休みや会社の休みの間に色んな所に行ってみたいと夢を見る。
母にこの事を言うといつも泣きそうな声で遠くにはあまり行かないでと言われる。そんな表情を見てしまうと行きたくても行きたくなくなってしまう。だが、世界は広い。日本に留まるのではなくもっと広い世界を見てみたい、そう思う。
コンコンとドアを叩く音が聞こえ、私の部屋に母が入ってくる。
「ねぇ、日付が変わるまでここに居ていい?」
何だか物寂しげに言うものだから少し緊張してしまう。
「誕生日なんて毎年のことなのに急にどうしたの?」
いつもと変わりのない口調で言った、と思う。いや、困惑したように言ってしまったかもしれない。
母は少し間を空けて喋りだした。
「…恥ずかしいんだけど、18歳になったら椿咲ちゃんどこかに行ってしまいそうですごく不安なの。」
何を言っているのだろう。まだ高校も卒業していないというのに。
「まだ大学とか行くし、そう遠くには行かないよ。」
それを聞くと少し安心したような笑みを向けた。
母はどれほど心配性なのだろうか。
「これは私の我儘だけど…傍にいてほしいの。親孝行しろ、なんて言わないけど…1人は寂しいから。」
私は一人っ子だ。父は私が生まれる前に他界してしまった。
だからだろうこんな事を言うのは、それに私を1人で育て上げた娘に手放すのは嫌なのだろう。
母は私を包み込むように腕をまわし、体をくっつける。母の体温が直に伝わり安らかな気持ちになる。温かい。
「どこへ行くのもいいけど、私の元へ戻ってくれば私はそれでいい…。」
「うん…。お母さんをずっと1人にはさせないよ。」
母の顔を見てそう言った。旅に出ると言っても母を一生1人には出来ない。1人にすると何をするかわからない人だから。よく自分の失敗話をしてくれたのだが聞く限りでも母を1人にしてはいけないのだと悟ったくらいだ。
「約束よ…。」
もう離さないようにと強く抱きしめられる。それがどうにも気持ちよくてとても落ち着く。まるで赤子に戻ったように感じる。幸せだ。
それから日付が変わる直前まで私の小さな頃についての話を聞かされた。
産まれたばかりの私はしわくちゃでだけどそんな姿も愛おしかったこと。
自分から産まれた赤子が天使のように可愛く感じるものだと感じたこと。
成長過程で私がやってしまった面白話なんかをずっと、ずっと聞いていた。
記憶にはないが小さな頃の私が何をしていたのかを知れて何だか不思議な気持ちになった。私の事なのにどこか他人のように思えてしまって、でもどこか懐かしくも思えて…とても楽しかった。少しウトウトとしていると母が嬉しそうな驚いたような顔をこちらに向ける。
「18歳の誕生日おめでとう!」
あぁ、もうなってしまったのか。
優しく布団に包まれる感覚がする。瞼を閉じる前に母は私の頭をそっと撫で、軽くキスをした。赤子のように扱われて少し恥ずかしい。
「おやすみ。いい夢を」
「ありが…とう」
最後に見た母の顔はとても幸せそうに見えてだけど悲しそうにも見えた。
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