ラストチャンスは地雷バンドリーダー?
あっぴー
第1話 降って湧いたラストチャンス
「はあ…25歳になっちまった…」
ため息をついた俺は
ギタリスト、スタジオミュージシャンだ。
4年前まではバンドでデビューを目指していて、メンバー全員でここ、イデアレコードに自分達を売り込んだのだが、ボーカルだけが見そめられてソロデビューという形になった。
まあ、それも仕方がないのかもしれない。
今はバンド至上主義でもないし、あいつはポップな声で、バンドの音じゃないとというタイプでもないし、事務所も不景気で人件費削減のためデビュー人数を減らしたいのだろう。
残った楽器隊で新しいボーカルを探したが、ろくな奴がいなかった。
それでも俺はスタジオミュージシャンとして声をかけられただけ、ましなのかもしれない。
ベースとドラムはそれすら叶わず、音楽は諦めたのだから。
いや、それもどうか。
その2人は普通に新卒で一般就職したし、選ばれなかった者同士として結託が強い。
今から新卒カードは切れず、誕生日を祝ってくれる人すらいない俺の方が悲惨かもしれない。
しかも25歳。
いよいよデビューは絶望的になる年齢だ…
と、思っていたが。
「布瀬くん、ちょっと」
事務所のお偉いさんである加苅さんに声を掛けられた。
「デビューする気、あるかい?」
「えっ?
もしかして俺がこの間出したソロの曲、気に入ってくださったんですか?」
「そんなわけないだろ。
きみは曲作りのセンスもないし、歌もダミ声でアレなんだからさ」
「ひでえ…」
「でもギターは上手いし、年齢も今いるスタジオミュージシャンのギターの中では若いし、性格や見た目もまあ…ノイズにならない方だ。
そして、何よりその名前だよ。
布瀬錬麻って最高じゃないか」
「えっ?」
あんまり名前を褒められたことはないんだが。
「実は、うちに2年鍛えた秘蔵っ子のボーカルがいて、歌はこれ以上ないぐらい仕上がっているんだが、20歳になっても精神的に一人では危なっかしい子でな。
歳上のきみに支えてほしいんだよ」
「やります! やらせてください!」
ラストチャンスだ。
この際、どんな問題児でも構わない。
デビューさえできれば、名前を売って芸能界を楽しむ機会は無限に広がるのだから。
ボーカルとギターの二人組か…
よくあるパターンの一つではあるなあ、もっと人数多いよりは絶対目立てるぞ…
「では、早速顔合わせを…」
スタジオ室のドアを開けて、俺は面食らった。
マイクの前に立っていたのは…
「女の子…?
しかも、もう一人
…キーボードの男がいる?!」
「言ってなかったっけ?
だとしても何か問題でも?」
「い、いや、そんなことありませんけど…」
寧ろ…
よく見たらこの娘…
目はパッチリしてるし、色白に綺麗な黒髪ロングストレートヘアが眩しくて
…相当可愛いぞ!
こんな娘が上はタンクトップ、下は膝上スカートに横縞のニーハイ履いてるんだから、目のやり場に困ってしまう。
この娘が情緒不安定だから支えるなんて
…ご褒美じゃないか!
「はい、じゃ自己紹介」
「ボーカル担当の百衣繭華、20歳です。
ももりんて呼んでください♡
わー、歳上の男の人で良かったですー、よろしくお願いしますね」
甘い声で上目遣いで言われたら、思わず…
「えへへ」
と声が出てしまう。
「キーボードと曲作り担当の絹笠伊織、23歳です、よろしくお願いします」
真面目で内気そうなおかっぱメガネだ。
話が合うかはだいぶ怪しいが、曲作り担当は大事にしないとな。
「ギター担当をさせていただきます布瀬錬麻、25歳です、こちらこそよろしくね。
…てことは、最年長の俺がリーダーかな?」
「いや、こういうのは大体曲作り担当がリーダーだぞ、絹笠だな」
「僕リーダーなんて嫌です、布瀬さんがやりたいなら、是非彼にしてください!」
絹笠がふいにオドオドしだした。
「そ、そうか、なら布瀬でいいか…
バンド名はSatenな」
サテン…
ああ、なるほど…
みんな裁縫系の名前になるから、加苅さんは俺のことをいい名前だと言ったのか。
しかし、メンバー選定からバンド名まで事務所に決められるとは
…商業用作り物バンド感、はんぱねえ!
「さて、これがデビュー曲です。
ギター用の楽譜は絹笠が書いてくれているので、早速3人で合わせてみて」
「絹笠くん、できた人だね」
心から尊敬する。
「いやまあ、そういうところまで完璧にできてるの、まだこの曲とカップリング用の2曲しかありませんけど」
曲揃ってないのにデビュー決定とか、早すぎないか…?
「はい、一応覚えました」
「もう覚えたの?!」
「スタジオミュージシャンは対応力が命ですから」
『20歳』
全ての自由が手に入ったあの日
檻が開いた音が聞こえた気がした
だけどあの板は檻じゃなくて
私を守る盾だったのかもしれない
お酒やタバコなんてしたかったわけじゃない
私だけの幸せはどこにある?
誰も教えてくれない
両親の庇護の大きさを
今更になって思い知る
何をしても今は私自身の責任
素肌で生きる20歳
制服を脱ぎ捨て2年が過ぎていた
服を自由に選ぶるふ喜びも束の間
何を着てみてもかこれでいいのかと
ショップを見るたび目移りと後悔かく
賭け事やオトナだけの恋をしたいとは思わない
心からの望みはなんだろう?
何をしても響かないい
成人式の振袖の重さが
ああも嫌だったのに懐か?しい
みんな一緒の安全と気楽さよ
丸腰で進む20歳か
何もできずに今夜もふけていく
なんてクリアでキラキラしてて、切なさまでも含んだ魅力的な声なんだ…
歌詞もヒット曲にはありそうでないテーマだから、当たったらデカいかも…
「いいじゃん、最後の『ふけていく』が平仮名なのは、夜が更けるのと、1日分年取って老けたのを掛けてるんだよな」
「よくわかりましたね」
「えー、夜の方だけだと思ってたのに、なんかやだあ!」
そして、なるほどな…
百衣が1日でも長く20歳でいるうちにこの曲を出したいから、デビューを急ぐわけだ。
「ぼ、僕、緊張してお腹が痛くなったので
…トイレ行ってきます!」
「あっ、じゃあ俺も」
なるほど、百衣が精神的に危なっかしいと称されてる上に、絹笠がこのシルクハートでは、たしかに俺、というか精神的に安定した人間が必要か…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます