第4話 闇の中から
温泉の後には、旅館の夕食。旅館の夕食は、思った以上に美味しかった。普段は食べない山菜も、この時には何故か食べられたし。「近くの川で獲れた」と言う川魚も、骨まで食べられる程に美味しかった。探は川魚の旨みに触れて、文字通りの幸せを感じた。「ああもう、マジで美味い!」
最高! そう叫んだ時に泣き声が、恐らくはあの女性だろう。女性の泣き声が聞こえた。探は箸置きの上に箸を置いて、女性の顔に目をやった。女性の顔は、「涙」と「恐怖」で「あわわわっ」になっている。
彼は女性の顔をしばらく見たが、下心丸出しの男が「ニヤリ」と笑ったので、彼女の隣に行き、男の進行を阻んだ、「大丈夫ですか?」
女性は、「へぁ!」と驚いた。驚いたが、すぐに「ああっ!」と喜んだ。彼女は自分の知り合いに話し掛けられた事で、束の間の平穏を感じた。
「バスの」
「はい!」
探は例の男に目をやって、自身の本音を表した。「俺の獲物に手を出すんじゃねぇ!」と、そう無言の内に語ったのである。彼は相手の男がそれに怯むと、女性の顔に視線を戻して、彼女の不安を
「ちょっと気になちゃって。迷惑だったら」
「そんな事ない!」
女性は、彼の手を握った。自分のテーブルに移って来た、少年の手を。「君が来てくれて、良かった!」
探は、その言葉に熱くなった。同年代の女子にはあまりときめかないが、年上の女性、しかも美人に言われたら、気持ちの奥が「キュン」となってしまう。それに周りの人達から笑われても、少年の純情を解き放ってしまった。
彼は彼女の手を握り返して、その目をじっと見返した。「バスの中では、言えなかったけど。俺、『歌川探』って言います。高校生の」
女性も、彼に自分の名前を名乗った。「
探は、「え?」と驚いた。「自分と一緒に居たい」と言う、その願いに対して。興奮よりも、戸惑いが勝ってしまった。彼は彼女の手から手を放して、その目をじっと見返した。
「『一緒に居る』って言っても、流石に」
「良いでしょう! あたしも大人だし、子供には手を出さないから!」
舞は「お願!」と加えて、彼の肩を揺さ振った。周りの大人がそれに呆れてもなお、自分の願望を押し通したのである。彼女は一生の願いを込めて、両目の端から涙を流した。「うー君の部屋に行かせて!」
探は、その懇願に「う、うっ」と怯んだ。「美人で朗らかな人」と思っていたが、その実は残念美人らしい。自分に対する「お願い」も、大人の「お願い」ではなく、幼女の「お願い」だった。
探は彼女の本質に「マジ、かよ?」と呆れたが、ツアーの案内人がそこに割り込むと、案内人の登場に目を奪われて、今の感情をすっかり忘れてしまった。
「あ、あの?」
「ダメです」
「え?」
「部屋の変更は、出来ません。ツアーの目的は、恐怖を楽しむ事なので。それを和らげるのは」
許されない、らしい。
「そう言う事なので」
「分かりまし」
た。そう言いかけた瞬間に舞の悲鳴が、響いた。舞は案内人の腕にしがみついたが、相手に「ダメですよ?」と
探は、それに苦笑した。その光景を見ていた参加者達も、同じように「アハハっ」と笑った。彼等は「呆れ」と「同情」の混じった顔で、彼女の様子をしばらく見つづけた。「部屋の事は『仕方ない』」としても、一緒に動く事は出来るだろう?」
舞は、その考えに「ハッ!」とした。言われてみれば、確かに。一緒の部屋にはなれなくても、一緒に動く事は出来る。自分達が歩くルートを決めて、そこを一緒に回れば良いのだ。四六時中一緒に居なくても、その決まりさえ守れば良いのである。
彼女は今のアイディアを出した人物、自分に「うんうん」とうなずく男性を見て、その男性に「そうですね!」と笑った。「周り方にルールはないし。一緒に歩くなら!」
男性は、「問題ないでしょう?」と微笑んだ。それを見ていた探に「ニヤリ」と笑って。男性は、ではない。ベンは「ふふっ」と笑って、彼女に親指を立てた。「二人で回れば、何とかなる」
舞も、「うんうん」とうなずいた。一人が怖いなら、二人で歩けば良い。彼女は隣の探に視線を戻して、彼にもう一度頭を下げた。「お願い、うー君。あたしと一緒に回って!」
探は、返事に困った。困ったが、すぐに「分かりました」と応えた。彼は年上の幼馴染を見るような顔で、彼女の手をまた握った。「一緒に回りましょう。プランは、俺が考えても良いですか?」
舞は一言、「うん」とうなずいた。「それで不安が消えるなら」と、二つ返事でうなずいてしまったのである。彼女は少年の手を握り返して、彼に自分の未来を託した。「お願いします!」
探はまた、相手の願いに怯んだ。ダメな大人も彼なりに知っていたが、ここまでダメなのは見た事がない。正直、「恋愛の対象にはならないな」と思った。彼は女性の体に興奮を覚えた自分、その見掛けだけを見た自分に対して、「これからは、中身を見よう」と思った。
「と、とにかく、任せてください!」
「はいっ!」
そう返した返事も、情けなかった。彼女は鼻水だらけの顔を拭って、今夜の夕食を食べた。「ああ、美味しい!」
探は、「アハハっ」と笑った。笑った上で、自分の部屋に帰った。彼は旅館の従業員が敷いた布団を見ると、スマホの充電端子に充電ケーブルを刺し、コンセントの穴にケーブルを刺して、布団の上に「う、ううっ」と寝そべった。「柔らかい」
家の布団よりも柔らかい、旅館特有の柔らかさが感じられた。探はスマホの画面を点けて、SNSのページを開いた。守護珠の一件からあまり観なくなったSNSだが、今のような状況になったら、いつもの癖でコメントの内容を眺めてしまった。
彼は無数に流れるコメントの内容を見、それに眠気を感じると、部屋の電気を消して、両目の瞼を瞑った。それが開いたのは、何時だろう? 感覚としては夜の十時頃だったが、実際は深夜の二時だった。体のすべてが固まって、目以外の部分が動かない。手も、足も、そして、頭も。目が動かせる以外は、何の行動も取れなかった。
探は視界だけの世界に怯えて、その闇をじっと見つづけた。闇の中に人物を、女性の姿を見たのは、それからすぐの事だった。目の辺りまで前髪が垂れて、その表情がほとんど見えない。時折動く口や唇だけが、闇夜の中に窺えた。女性は直立不動の状態で動き、彼の前で止まった。
探は、相手の様子を覗った。気持ちの奥では「逃げたい」と思っていたが、相手の力(と思う)に押されて、布団の中からまったく動けない。女性が自分の前にしゃがんだ時も、その動きから視線を逸らせなかった。彼は女性の動きを見て、その表情に息を呑んだ。「あ、あああっ!」
女性は、その声を無視した。声の調子は分かるようだが、そん意味は分からないようである。彼女は自分の本能に従って、探の顔を覗いた。「アッ嗚呼ああぁあああ?」
探は、その声に目眩を感じた。人間の声なのに何処か、獣のように感じる。獣の本能に従うような、そんな雰囲気が感じられた。探は相手の声に怯えて、その声からどうにか逃げようとした。「い、嫌、だ。勘弁」
そう叫んだ時にふと、声? 相手の女性が発した、あるいは、唸ったらしい声が聞こえた。彼は恐怖の感情を抑えて、その声に耳を傾けた。
……逝きたい。
……アッチに。
……助けて。
探は、それ等の声を聴き取った。女性の姿を、この世の物とは思えない表情を見る中で、その気持ちをしっかりと聴き取ったのである。彼は相手の気持ちを聞いて、その内容に疑問を感じた。
この幽霊は自分を、歌川探を道連れにしようとはしていない? 彼の体にしがみつく姿は、「アッチの世界に探を連れて行きたい」と言うよりも、探の命を守った上で、自分の救済を求めているようだった。彼は自分の恐怖を少し忘れて、彼女の顔を見返した。「え、あっ?」
女性は、彼の顔を見た。彼の顔を見て、すぐにふっと消えた。彼女は闇夜の中に溶けて、その気配も何処かに引っ込めた。
探は、彼女の余韻にぼうっとした。恐怖がなくなったわけではないが、それ以上に疑問を抱いたからである。彼はようやく動けるようになった体を起こし、部屋の明かりを点けて、自分の周りを見渡した。彼の周りには、誰も居ない。彼が女性を見た場所にも、今は部屋の壁だけしか見えなかった。
彼は部屋の壁を少し眺めたが、今の疑問を思い出すと、布団の上に座って、疑問の内容を振り返った。「あの幽霊って?」
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