守護珠(しゅごだま)

第1話 雑誌の予約特典

 怪談倶楽部には、特典がある。本編の中に出て来る道具や御守り、その模造品が予約特典で手に入るのだ。雑誌の販売予告に合わせて、本屋やネットの通販サイトに出される購入予約の項目。


 そこに必要事項を書き入れ、本屋の場合なら店舗の会計所、サイトの場合ならコンビニや銀行などで本の代金を振り込むと、本の発売日に合わせて、頼んだ本が自宅や職場に届くのだ。


 遠い離島や海外の場合は少し遅れるが、大抵の読者は発売日当日に怪談倶楽部の最新刊が読めるのである。発売日の当日に母親から怪談倶楽部を受け取った月野つきの明里あかりも、そんな読者の一人だった。彼女は自分の部屋に戻ると、机の上に怪談倶楽部を置いて、予約特典の箱を開けた。「お、おおおっ!」

 

 思わず叫んでしまった。リビングの母親が、今の声に「どうしたの?」と驚いた程に。部屋の壁を越える勢いで、歓喜の声を上げてしまったのである。彼女はリビングの母親に「何でもない!」と謝ると、相手の声を無視して、箱の中から特典を取り出した。


 本編の中に出て来るらしいアイテム、勾玉まがたまの形に似た首飾り。箱の表面に「守護珠しゅごだま」と書かれた、アイテムを取り出したのである。彼女は桜色に輝く半透明のネックレスを掲げて、その輝きに「綺麗……」と呟いた。「これは、テンション上がるわぁ」


 オカルトグッズの域を超えて、普通のお洒落グッズ。ネットのSNSに上げれば、すぐにバズりそうなアイテムだった。彼女は自分の首に守護珠を付けると、化粧台の鏡に守護珠を写して、その輝きに「最高」と喜んだ。「神の御加護に感謝」


 これで、明日も頑張れます。そんな風に「クククッ」と笑ったが、本の内容に意識が戻った事と母親から「そろそろ夕ご飯よ」と言われた事で、首の守護珠から意識を逸らしてしまった。彼女は自分の首から守護珠を外すと、部屋の中から「はいはい」と出て、家のダイニングに向かった。「腹が減っては、ホラーが読めぬ」


 母親は、娘の名言(と言う名の迷言?)に苦笑した。顔は可愛いのに、色々と残念。そんな一人娘に「やれやれ」と思ってしまったのである。彼女は娘の頭を「コツン」と殴って、彼女に「馬鹿な事を言ってないで」と言った。「運ぶのを手伝って頂戴」


 明里は舌を出して、「はーい」と応えた。学校の部活で少し疲れていたが、これくらいは朝飯前。会社から帰ってきた父親にも向かって、「お帰りなさぁい」と微笑んだ。彼女はテーブルの上に夕食を運び終えると、自分の席に座って、今夜の夕食を見渡した。彼女が好きな、肉汁たっぷりのハンバーグを。「神の御加護に、感謝!」


 両親は、今の言葉に苦笑いした。昔から変わった子ではあったが、ここまで来ると病気である。彼女が今夜の夕食を平らげた時にも、その「ご馳走様」に呆れてしまった。二人は娘が流し台の中に食器を片づけた時はもちろん、ダイニングの中から出て行った後も、目で娘の動きを追い掛けつづけた。


「お父さん」


「うん?」


「私、あの子の将来が心配」


 父親は、反応に困った。「それは、自分も同じである」と。彼は複雑な顔で、娘の成長に不安を抱いた。「ま、まぁ、何とかなるよ。たぶん」


 明里は、二人の声を無視した。二人が今の話をしていた時にはもう、自分の部屋に戻っていたからである。彼女はベッドの上に腰を下ろすと、自分の首にまた守護珠を付けて、姿見に自分の体を写した。「ああいい、ヤバイ。これ、本当」

 

 最高。テンション爆上げ、嫌な事も吹っ飛ぶ。いつも億劫に感じる家での勉強も、この時ばかりはジェット機並に飛び立った。彼女は今日の勉強をさっさと済ませ、お風呂で体の汗を流し、怪談倶楽部の内容を読んで、夢の世界に飛び降りた。


 夢の世界から起き上がったのは、いつもと同じ時間だった。カーテンの隙間から光が差しこむ朝、小鳥達の囀りが聞え、通りの向こうから様々な音が聞える。楽しいも虚しい朝だった。


 彼女はいつものように動き、いつものように食べ、いつものように落ち込んだが、自分の首に守護珠を付けると、今までの空気が嘘のように「おっしゃ!」と息巻いてしまった。「今日も、いっちゃるで!」

 

 両親はまた、娘の奇行に溜め息をついた。「顔も髪も決して、悪くないのに」と。玩具のアクセサリーにキャッ、キャッ言う娘を見て、その未来に不安を覚えてしまったのである。彼等は娘が玄関の中から出て行った後も、「自分の育て方が悪かったのか?」と言って、それぞれに娘の将来を案じつづけた。「せめて、彼氏でも出来たら……」

 

 そんな風に落ち込んだが、当の本人には届かなかった。少女は幸せ全開の顔で学校に行き、その昇降口から中に入って、学校の廊下を走り、階段をいくつか登って、教室の中に入った。


 教室の中には同級生達が、主に「陽」の側に居る生徒達が集まっている。「陰」の人間を隅へと追い込むように。教室の真ん中を陣取って、自分の好きな話に盛り上がっていた。明里は彼等の輪から少し離れて、自分の好きな物を楽しみはじめた。

 

 怪談倶楽部。その中に挟まれた栞を目安にして、雑誌の続きをまた読みはじめた。明里は朝のホームルームが始まるまで、怪談倶楽部の内容を読みつづけた。怪談倶楽部の内容は、彼女が自分の首に付けている物。守護珠のアクセサリーに関する物だった。


 。最初は御守りとして動いていた守護珠が、「やがて彼女の命を脅かす」と言うような話だったが、話の途中でチャイムが鳴ってしまったので、そのページをそっと閉じてしまった。彼女は机の中に本を入れ、ホーム長の「起立」に従って、クラスの担任に挨拶を言った。「おはようございます」


 担任は、「おはよう」と返した。年齢は明里の一回り上だが、年齢の割に冷静で、生徒への受け答えも丁寧である。ホーム長がクラスのみんなを座らせると、あいうえお順から生徒達の出席を確かめ、簡単な連絡を伝えて、教室の中から出て行った。


 明里も先生の消失に合わせて、本の続きを読みはじめたが、五分しかない休みでは、本の内容も数ページしか読めなかった。明里は一時間目のチャイムが鳴ると、机の中に本を戻して、一時間目の授業を受けはじめた。

 

 一時間の授業は、現代文。二時間目は、数学。三時間目は、物理。四時間目は、世界史だった。彼女は机の中に教科書やノートを仕舞うと、机の上に弁当を出して、弁当の中身を食べた。


 弁当の中身は、美味しかった。栄養のバランスが考えられている事もあって、学校の食堂で食べるよりも美味しい。昨日の残り物であるハンバーグを食べた時も、その美味さに思わずうっとりしてしまった。


 彼女は弁当の中身を平らげると、鞄の中に弁当箱を仕舞って、机の中から雑誌を取り出し、その内容をまた読みはじめた。だが、そこに……。彼女の姿がふと、目に留まったのだろう。普段は互いに不干渉を決めている女子達が、彼女の首元を見て、そのアクセサリーに「あれ、可愛くね?」と驚きはじめた。


 彼女達は明里の周りに集まると、それに驚く彼女を無視して、明里に「そのアクセ、何処で買ったの?」と訊いた。「メッチャ可愛い! 店、教えて!」

 

 明里は、返事に困った。普通の店に売っているならまだしも、「これが本の予約特典だ」と言うのは、(色々な意味で)気まずい。ただでさえ変人扱いされている現状がもっと、悪くなる。この女子達が「誰にでも優しい人達だ」と分かっていても、その返事だけはどうしても困ってしまった。


 明里は周りの視線に「どうしようかな?」と迷ったが、男子の一人が「それ、怪談倶楽部のオマケだべ?」と言うと、その声に救いを感じて、不本意ながらも女子達に守護珠の事を伝えた。「予約特典だから……その、『普通の店では買えない』と思う」

 

 女子達は、その情報に落ち込んだ。「こんなに可愛いのにな」と、そんな風にガッカリしてしまったのである。彼女達は残念そうな顔で明里の前から離れたが、ある一人の女子だけは、その場に残って、明里の守護珠をじっと見ていた。


 彼女は明里のアイテムをしばらく見たが、明里がそれに不安を覚えると、それに「ごめんね」と謝って、明里の前から離れた。「分かった」

 

 明里は、その返事に首を傾げた。「分かった」って、何が分かったのだろう?

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