第9話 シンクロする恐怖

「な、何今の!?ポルターガイスト!?」


突然の出来事に、いろはは腰を抜かしそうになる。


『うわあああああああ』

『ガチじゃん!』

『扉が!機械も!』

『逃げてー!』


「落ち着いて、マスター。キャンセラーはまだ使うな!出力制御が不安定すぎる」


MOCAの鋭い声。いろはは慌てて構えようとしたゴーストキャンセラーを握りしめる。昨夜の暴走がフラッシュバックして手が震えた。



一方、カレンの配信。場所は病院のロビー跡らしい。豪華な照明とカメラに囲まれ、お決まりの黒いゴシック衣装姿のカレンがいる。隣には漆黒ボディのドローンAI。


『カレン様、顔色悪くない?』

『今の照明の割れ方、演出?』

『カメラのレンズにヒビ入ったぞ』

『え、ガチの事故?』


カレンの背後で、高価そうなLED照明がバチン!と破裂。ガラス片が飛び散る。メインカメラのレンズにもヒビが入った。カレンは一瞬、明らかに動揺するが、すぐにプロの笑顔を作る。


「ふふ、私の力に恐れをなしたようね!この程度のハプニング、エンタメのスパイスだわ」


声が僅かに震えている。


『カレン様?』

『声震えてるぞw』

『プロ根性すげえ』



その頃、いろはたちのいる地下通路。


ガァン!!ドンッ!!


背後の重い金属扉が、何かに突き飛ばされたように激しく閉まった。かんぬきが落ちる重い音。


「うそ!?退路が!」


いろはが慌てて扉に駆け寄るが、びくともしない。


「扉のロック機構に異常発生。内部からのエネルギー干渉によりロックされている。ファインダーを確認するんだ」


MOCAの指示でモノクル越しに見ると、閉じた扉全体が禍々しい赤黒いエネルギーで覆われている。


「な、何これ……開かないよ!」


『閉じ込められた!?』

『これガチ?』

『やばいやばい!』


パニックになるいろは。その間にも、ポルターガイストは激しさを増す。手術室の扉がガタガタと揺れ、隙間からメスや注射器が数本、通路に飛び出してきて壁に突き刺さる。


「ひぃっ!」


咄嗟に身を伏せるいろは。MOCAが素早く前に出て、小型のエネルギーシールドを展開。メスがシールドに当たり、火花を散らす。


「……シールド出力、想定以上だ」


MOCAの声にも焦りが混じる。


『危なっ!』

『MOCAナイス!』

『メス飛んできた!?』

『カレンの方もなんかおかしいぞ!』

『これマジなの?』

『両方見てるけど、マジでシンクロしてる!』



カレンの配信。彼女が必死にARゴーストとの「戦闘」を演じる背後で、本物の医療用ワゴンが勝手に動き出し、壁に激突。ガシャン!と派手に注射器や薬品瓶をぶちまけた。カレンは悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、インカムに小声で叫ぶ。


「スタッフ……!何とかしなさい!こんな演出聞いてないわよ……誰か応答して……!」


しかし、インカムからはザー……というノイズしか返ってこないのか、カレンの表情がみるみる絶望的に歪む。


「嘘……通信が……」



そして、二つの配信に共通の異常が起き始める。


「……タスケテ……」

「……イタイ……クルシイ……」

「……ココカラ、ダシテ……」


どこからともなく、苦しげなささやき声が聞こえ始めた。頭の中に直接響くような、壁の中から聞こえるような、不気味な声。


「な、なに……この声……」


いろはが耳を塞ぐ。


『なんか声聞こえる?』

『演出だろ?』

『なにこれコラボなの?』

『どっちの配信からも聞こえるぞ!』


さらに、両方の配信画面が激しいノイズと共に乱れ始めた。砂嵐のようになったかと思えば、一瞬、苦悶に歪む誰かの顔や、古い手術室の映像がフラッシュバックのように映り込む。


『こわ』

『ぎゃあああああ』

『顔!?』

『シンクロしてる!?』

『鳥肌やば』


最初はヤラセを疑っていた視聴者たちも、徐々にその異常性が“本物”であると信じ始めていた。カレンのチャンネルでは悲鳴が、いろはのチャンネルでは心配と恐怖のコメントが入り乱れる。


バチチチチッ!ガガガッ!バンッ!


病院全体の照明が狂ったように明滅する。壁や天井から火花が散る。まるで建物全体が断末魔の悲鳴を上げているようだ。焦げ臭い匂いも漂い始める。


「ちょ、なんなのよこれーっ!?もう嫌ぁ!」カレンの悲鳴がノイズ混じりの配信に乗る。もはやプロの仮面は剥がれ落ちている。



「警告。院内のエネルギー密度が臨界点に到達。これは過去のデータにない、極めて強力な怪異だ……。マスター、直ちにここから離脱を」


MOCAの警告。いろはのモノクルに表示される危険度レベルが急速に上昇し、赤一色に点滅する。アラート音がけたたましく鳴り響く。


「り、離脱って言ったって、扉が……!」


退路は塞がれ、目の前の手術室の扉は不気味に揺れている。まさに、絶体絶命だった。

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