第2章 ライバルの影

第3話 女王・黒月カレン

昼休み。ざわめく教室の片隅で、白石いろははスマートデバイスの画面とにらめっこしていた。


昨晩の『バズれ!怪異チャンネル』の配信アーカイブは、過去最高の再生数を記録していた。まとめサイトにも小さく取り上げられ、事故映像の切り抜き動画が一部の好事家の間でちょっとした話題になっているらしい。


(まさか放送事故が独り歩きするとは……。これがプチバズってやつ?)


チャンネル登録者数も、昨日の激闘(?)のおかげで数十人増えた。それでも目標の100万人には程遠い。プロの配信者への道は、やっぱり甘くない。


「……いろはちゃん」


不意に隣から声がかかり、顔を上げる。クラスメイトの芹沢栞せりさわしおりが、弁当の卵焼きを箸でつまんだまま、少し身を乗り出すようにしてこちらを見ていた。大きな瞳が、心配そうに揺れている。


「昨日の配信、見たよ!すごいことになってたね、大丈夫だった?最後、すごい音したけど……」


心配そうな表情の中に、わずかに好奇の色が混じっている。


「まあ……なんとかね。見てくれたんだ?」


「うん、通知が来てびっくりしちゃった。まさかお掃除ロボットがあんなふうに暴走するなんて……。ちょっとハラハラしたけど、目が離せなかったよ」


栞は少し興奮したように早口でまくし立てると、思い出したように卵焼きを口に運び、ふふ、と上品に笑った。その気負いのない反応が、落ち込みかけていたいろはの心を少しだけ軽くする。


「ありがと。でも、ホント、ただの事故だから……」


「え、壊れちゃったの?」


「うん、まあ……EMPバーストがクリティカルヒットしちゃって」


「いーえむぴー……?」


「ううん、なんでもない!とにかく、もうこりごりだよ」


いろはが苦笑いした、その時だった。


「キャー!見て見て!カレン様の新しいアクスタ、予約戦争に勝った!」


「マジで!?すごい!私、瞬殺だったんだけど!」


廊下の方から、数人の女子生徒の弾んだ声が聞こえてきた。教室の前方にある大型モニターが、ふいに華やかな映像に切り替わる。


金色の髪をなびかせ、深紅の瞳でカメラを見据える美少女――黒月カレン。最新技術を駆使したであろう、きらびやかなライブパフォーマンス映像だ。完璧な歌とダンス、洗練されたステージ演出。


コメント欄を示すテロップには、熱狂的な賞賛の言葉が滝のように、いや、激流のように流れていく。


教室の空気は、完全にカレンの話題一色になった。さっきまでモバイルゲームに興じていた男子も、恋バナに花を咲かせていた女子もモニターに釘付けだ。


「カレン様、今日も綺麗……尊い……」

「新曲、最高すぎ!」

「グッズ、もう売り切れだって!」


栞が、モニターをじっと見つめながら、はっきりとした口調で呟いた。

「すごい人気だね……。演出も完璧だけど、私はいろはちゃんの、何が起こるかわからない生々しい感じの方が好きかな。見ててドキドキするし」


「……栞」


栞のストレートな、そして温かい言葉に、いろはは胸が少し熱くなる。そうだ、自分の配信には、こういう風に言ってくれる人もいるんだ。


「でもね、カレン様の配信って、ヤラセ疑惑があるって噂だよ。あまりにも出来すぎてるって」栞は少し声を潜めて付け加えた。


「え、そうなの?知らなかった……」


それでも、モニターの中のカレンの圧倒的な存在感と、計算され尽くした完璧なエンターテインメントを目の当たりにすると、どうしても自分との差を意識せずにはいられない。自分の配信は行き当たりばったりのハプニング頼み。圧倒的な人気の差、クオリティの差を痛感させられる。


(これが、本物の人気配信者……)


モニターの中で、歌い終えたカレンがカメラに向かって妖艶に微笑む。その自信に満ち溢れた表情、深紅の瞳の輝きから、目が離せない。


昼休みが終わるチャイムが鳴る寸前、栞が自分のデバイスを見ながら、ふと思い出したように言った。


「あ、そういえば、カレン様。今日の放課後、緊急生配信で重大発表があるんだって」


「え……重大発表?」


その言葉に、いろはの心臓が小さく跳ねた。モニターに映るカレンのプロモーション画像が、一瞬だけ、こちらを見て挑戦的に微笑んだような気がした。

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