❄第17話「冬の日の小さな誓い」

――言葉にできない想いが、ただ静かに、白い息に溶けていく。


「……寒いですね、春人先輩」


カノンがそうつぶやいたのは、放課後の図書館裏、落ち葉が積もるベンチの上だった。

冬の陽は低く、もうじき空気ごと凍るような冷たさになる。


ふたりで少しだけ、散歩するような流れで校舎を出た。

誰かが「デートですか?」なんてからかったけれど、それに返す言葉が見つからなかった。


ただ、今の僕には、彼女の隣に“いる理由”があった。


「今日……初めて“未来のこと”を考えたんです」


カノンが、ポケットの中から折りたたまれた詩稿を取り出した。

そこには、彼女の小さな文字でこう書かれていた。


「ことばは こころの翼

 うまく飛べない日もあるけど

 遠くへ、届くと信じて

 わたしは歌い続ける」


「歌って、いつも“今”を描くものでした。でも、最近やっと、“未来”にも向かっていいんだって思えて……」


彼女の声はかすかに震えていた。けれど、それは寒さだけじゃなかった。


「それって、春人先輩が“言葉を恐れない人”だったからかもしれません。

 ……私、ずっと“伝えるのがこわい”って思ってたんです。でも、先輩は違った。伝えることに迷っても、ちゃんと“声”にしてた」


「……そんなかっこよくないよ。僕も、いっぱい逃げてた。詩にして、誤魔化して、届かなくてもいいふりしてた」


「でも、それでも、書いてくれたじゃないですか」


彼女はそう言って、僕が以前書いた短い詩を差し出した。


「君の声が

 この空のどこかに残るなら

 ぼくは何度でも 耳を澄ませる」


それは、カノンが合唱会で声を失いかけていたとき、僕が詠んだ言葉だった。


「……あの詩に、救われたんです。

 “届かなくてもいい”って思ってた私に、先輩は“聞こうとしてくれた”。

 それが、すごく、うれしかった」


白い息がふたりのあいだをふわりと舞った。

手袋越しに、彼女の指先がわずかにこちらに伸びる。


だけど、触れはしない。


それはまだ、

言葉にしない“約束”だった。


「いつか……構文にしませんか? ふたりで、ひとつの詩を」


「……いいね、それ。詩で、未来を描くんだ」


「はい。いまはまだ、形にならなくても。いつか、ちゃんと、“ことば”にしたいです」


沈む冬の日が、木々の隙間を照らしていた。


この気持ちはまだ詩にならない。

でも、胸の奥で

たしかに言葉を待っている。


そんな“あたたかな沈黙”が、ふたりの間に流れていた。


帰り道、僕は小さな詩を書いた。


ふたりの間に

言葉がなかったわけじゃない


まだ名前を知らない

約束が、

そこにあっただけだ


▶次話 第18話「言葉の戦場、全国大会へ」

言語魔法全国大会、本戦開幕――

春人たちが挑む“言葉の頂点”と、そこに待つ詩織の宿敵とは?


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