🌸第15話「蓮、最後の詠唱」
――言葉を託す。未来へ繋ぐ。ひとりの詠唱者の、美しく静かな引退。
冬の気配が、校庭の風に混ざり始めていた。
期末試験を終えた日、部室のホワイトボードに、ひとつの書き込みが追加された。
【橘 蓮・引退詠唱会】
日時:12月20日 放課後
場所:視聴覚室
内容:最後の構文演武、および引継ぎ式
静かに、けれどはっきりと――部長、橘 蓮の卒業が近づいていることを告げていた。
「……あの人が、もう卒業するなんて、実感ないね」
涼がつぶやくと、詩織も黙って頷いた。
蓮先輩は、僕たちにとって「詠唱」の象徴だった。
詩に命を宿し、構文に情緒を与える。
ただのテクニックではない、“ことば”の深さを教えてくれた人だった。
そして当日。
会場となった視聴覚室には、歴代OBや他校の言語魔法部員たちも集まっていた。
静まり返る室内に、蓮先輩が一歩、壇上に立つ。
「……僕は、構文を“強さ”として扱うのが、あまり得意じゃなかった」
いつも通りのやわらかな声。
けれど、その言葉は静かに深く響いた。
「でも、“ことば”が誰かの心を動かす瞬間だけは、何度も信じてきた。
泣いている子のそばで、ただ一句の詩がそっと灯るように。
誰かのために構文を使うって、そういうことなんじゃないかと思ってる」
蓮先輩は、懐から古びた詠唱ノートを取り出した。
そして、最後の構文を読み上げる。
「願わくは
我がことの葉よ
明日を照らす灯火となれ
いまこの詩に
命の名残を映し
継ぎ手に渡さん
此処に生まれし魔法の言葉を」
その瞬間、構文が起動した。
言葉の粒が光となり、視聴覚室の天井に浮かび上がる。
淡い光が天井一面に広がり、星座のように美しい言語パターンを描いた。
誰もが、息を呑んだ。
それは、派手な演出ではなかった。
けれど、たしかに“心に降る言葉”だった。
構文名:《継詠ノ詞(つぎうたのことば)》
構文形式:和歌融合/AI干渉なし/発動者記録:橘 蓮
効果:記憶共鳴・構文継承補助/発動評価:S(感応・深層共鳴型)
蓮先輩が一礼すると、会場は大きな拍手に包まれた。
それは惜しみではなく、感謝の拍手だった。
その日の夕暮れ。
部室に戻ると、机の上に一冊のノートが置かれていた。
表紙には、先輩の筆跡でこう記されていた。
「言葉は風になる。
それが誰かに届くまで、
お前たちが吹かせてくれ。」
僕たちは、ページをめくった。
そこには、蓮先輩が残してくれた詩の断片や構文草案、詠唱の走り書きがびっしりと書き込まれていた。
まるで、彼がそこにまだいるようだった。
「――このノート、これからも“ことばの部室”として、使いましょう」
詩織が静かに提案し、皆が頷いた。
それは、卒業ではなく“継承”だった。
引き継がれた言葉は、今も、僕たちの中で息をしている。
僕は、蓮先輩の最後の詩に、自分の言葉を添える。
「風を送ります。
あなたがくれた詩が、
まだこの胸で揺れているから」
▶次話 第16話「言葉と嘘と、本音の構文」
嘘の詩で守ろうとしたもの。春人と詩織の間に走るすれ違い――
言葉が近づける距離と、言葉が壊してしまうものを描く“本音”の回。
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