🌲第7話「夏合宿と秘密の詠唱」

――それは、忘れられた“言葉”との対話だった。


「――というわけで、今年も恒例! 夏の合宿、始まるぞー!」


武田涼の妙にテンションの高い掛け声が、山中のロッジに響いた。


言語魔法部、夏合宿。

今年の会場は、古くから“言霊神社”の伝承が残る、標高千メートルの高原地帯だ。

宿泊するロッジは木造で、Wi-Fiがまともに届かない。だが空気は澄み、夜には星が降る。


「今年は、自然界との共鳴構文を中心に研究・実習を行います」


詩織がホワイトボードにスケジュールを書きながら言った。


「自然共鳴構文……植物や風、水、火などの元素と、言語を融合させる魔法式だよ」


蓮先輩が補足する。


「成功すると、自然の力と“詩”が重なり合って、より情緒的で深い現象が起きるんだ。君たちも自分の言葉で自然と対話してごらん」


初日の夜、僕たちは焚き火を囲みながら、構文の応答実験を行った。

火に向かって詩を紡ぐと、炎が言葉に応じて揺れ方を変えたり、色を変えたりする。


カノンがそっと歌った瞬間、炎が静かに揺れ、灰が風に乗って舞った。

詩織は、古語の構文で月の光を強め、涼はラップ調で蚊を遠ざける即席構文を披露し、皆で爆笑した。


「……すごい、まるで自然と話してるみたい」


カノンの瞳が、きらきらしていた。


だが、この合宿の本当の“出会い”は、まだ先にあった。


翌日の午後、自由探索時間。

僕とカノンは、ロッジ裏の古道を歩いていた。


森の奥で、ひっそりと建つ苔むした石碑を見つけたのは、その時だった。


「春人先輩……これ、なんだかおかしくありませんか?」


石碑には、風化した文字が彫られていた。

読めないはずのその文字が、なぜか“耳の奥”で意味を持って響いた気がした。


「……こえ、を……とどけ……て……」


直後、辺りの空気が変わった。


森が、息を吸い込んだように静まり返った。


「……今、何かが……」


カノンが小さく呟き、石碑の前で即興の歌を紡いだ。


「忘れられた ことばのうたよ

 森の奥に ふたたび灯れ

 きこえていますか この声が――

 あなたを想う 風になること」


その瞬間、風が立ち、木々がざわめいた。


そして、姿のない何かが――確かに、そこに“在った”。


「“言霊残響体”だな」


夕方、僕たちがその出来事を報告すると、蓮先輩は真剣な表情になった。


「自然共鳴構文を用いた土地では、まれに“かつて使われた言葉”の残滓が霊的存在として漂っていることがある。

それが人の詩や歌に共振すると、姿なきまま顕現することがあるんだ」


「幽霊、ってことですか……?」


カノンが少し怯えたように聞くと、詩織がやさしく首を振った。


「違うわ。それは“忘れられた言葉の想い”よ。構文が体系化される前――まだ“言葉”が祈りや願いであった時代の、記憶のようなもの」


「つまり……昔の誰かの、残した詩や願いが、今もこの土地に宿っているってことだね」


涼が静かに呟いた。


「――だったら、応えてあげよう」


僕はそう言って、夜、皆を連れて再び石碑の前に立った。


今回は全員で、**送詠構文ことのはまいり**を行うことになった。


蓮先輩が構文の骨格を整え、詩織が韻律を調整する。

カノンが歌を添え、僕が、最後の一節を紡ぐ。


「あなたが紡いだ言葉は、

  いま、この空に舞い戻る

  わたしたちは、忘れない

  この“声”の力を

  この“詩”のぬくもりを


  そして、今もなお

  世界を包む、やさしさを」


構文が発動した瞬間、空中に光が揺れ、風が静かに流れた。


それは、“ありがとう”と言っているようだった。


「言葉って……すごいですね」


帰り道、カノンがぽつりと呟いた。


「誰かが、忘れないでいれば。たとえその声が聞こえなくなっても、ちゃんと残って、届くんだなって」


「うん。僕たちの“今”の言葉も、いつか誰かに届くといいよな」


月が、優しく照らしていた。


言葉は、消えない。

伝えたいと願った気持ちは、

きっと、誰かの心に根を張る。


それが、魔法でなくても。


▶次話 第8話「言葉の殴り合い!?」

涼、即興詠唱バトルに出場!? 言葉を韻に刻み、笑いと熱狂が交錯する!

自由すぎる構文バトル、その真剣さとくだらなさの境界線とは?

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