是が非でもわたくしの要望を通させていただきますわ
メリアテッサ学園は主に教養としての学問全般と、魔法を行使するための基礎的な技術を学ぶ魔法技術訓練──通称
学園は広大な敷地を有しており、学び舎や学生寮だけでなく教員寮、更に食事の準備から庭園の草木の手入れをする者たちの住まいまである。そのため、暮らしに必要な食料品や日用雑貨、それに飲食を提供する店すら幾つも入っていた。要するに学園自体が街のように一つのコミュニティを形成している。
学生は基本的に寮に入ることとなっているが、王族は例外とされ学園の敷地外にある別宅から馬車にて通うのが通例となっている。ローラの場合は公爵令嬢としての立場から半ば強引に頼む形で、学園の一角に住まいを持つことを許されたのだった。彼女が寮入りを拒んだ大きな理由は単純明快で、朝、目覚めた時にお気に入りであるメイドのヘレンの顔を拝めない、という点にあった。
要するに彼女のわがままなのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お父様。ここは是が非でもわたくしの要望を通させていただきますわ」
「何を──何を言っているのだローラ……?」
ローラがまだ学園に入学する前のこと。学園の寮には絶対入らないと宣言したローラを見て、公爵家の当主としては
「お前の姉や兄たちから寮のことをどう吹き込まれたのか知らないが、あそこは全て一人ひとりに部屋を割り当てられており、誰かと寝室まで共にするわけではない! 無論、男女の寮は別棟に分かれておる! 警備の者もしっかりといるのだぞ。この館ほど豪奢な作りではないだろうが……しかし、いくら公爵家だからといって、王族のように学園外から通うことなどできるわけなかろう!」
「何か勘違いされているようですわ、お父様。わたくしは王族の方々のようにしたいわけではありませんの」
「では、どうするつもりだ! もう入学の手続きは済んでおるのだぞ!?」
「はい。入学はいたします。しかしわたくし、このヘレンの可愛いお顔を見ないことには、一日を過ごす気力も湧いてきませんの」
そばで静かに控えていたヘレンに飛びついて、ローラは父親にウィンクをしてみせた。
「気力……気力だと!? 本当に一体、何を言っているのだ…… 入学前の試験であれほどの成績を収めておきながら……」
アルフレッドは頭を抱え、楽しそうに黙って二人のやり取りを眺めていた妻のソフィア・ルルベルに救いを求めた。
「ソフィアからも何か言ってくれ」
「あらあら」
「母さん!」
「そうねぇ。私はローラちゃんの言うことにも一理あると思います。気分の問題で勉学に身が入らない……なんて、よくあることです。あなたも身に覚えあるでしょう?」
「そうですわ、お父様。意欲ってとっても大事ですわよ? もしわたくしが彼女と離れて暮らしたら、やる気はスッカラカンで上の空。授業も何も身につかないと思いますわ。そうなると成績なんて急降下。ズドン! と
「寮には入らない……入学はする……しかし外から通うわけではない……? ま……まさかお前!」
ハッと気がつき、アルフレッドはローラを凝視した。
「『トップの成績で入学が決まった際には何でも買ってあげる』と約束をさせられたが、あれはまさか『家』を……?」
「はい。ご賢察の通りですわ、お父様」
ローラはにんまりと笑って、呆然としてカタカタ怯えている父親におねだりをした。
「ささやかで構いません。学園の土地を買って、わたくしとヘレンのための家を建ててください」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
無論、これらのやり取りを知っているのは身内の、ごく限られた人間だけ。何も知らない教員や学生たちの多くが、彼女が公爵令嬢として格の違いを見せつけようとして、寮入りを拒んだのだと思っている。学園内に生徒個人の邸宅を建てるなど、前代未聞だった。敵を作るような誤解をご学友に抱かせたまま学生生活を送らずとも、と彼女に仕えるヘレンは思うのだが、ローラは頑として譲らなかった。
入学式の前日、二人だけの生活が始まった時に、メイド離れをしようともしない主人にヘレンは半ば呆れ気味にこう伝えたのだった。
「お嬢様? わたしもいずれ、おばさんになっておばあちゃんになるんですよ?」
いつまでも若く綺麗なままでいられませんよ、とヘレンが言っても、それをローラは軽く受け流した。
「大丈夫よヘレン。あなたはきっと、おばさんになってもおばあちゃんになっても、その時々で美しいままだわ」
「これはまあ、大変な惚れ込みようでございますこと」
照れ隠しに冗談めかせておどけてみせて、自身の銀髪をくるくると指でもて遊びながらヘレンはこっそりはしゃいでみせた。ローラは知らない。ヘレンもまた、朝一番の彼女の寝顔を独り占めできていることに喜びを感じていることを。毎朝「おはようございます」と声を掛ける楽しさを。柔らかに注ぐ朝陽と共に「おはよう」と微笑むローラに仕えることができる喜びを。
「ま、お嬢様が望まれるのであれば仕方ありませんね」
などと軽口を叩いてみせたが、内心では、小さな家で始まる二人きりの生活を少しだけ楽しみにしているヘレンだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
彼女の主人であるローラがアメリア・パンナイフに声をかけたと知った時、ヘレンが心配にならなかったかというと嘘になる。
──散々な噂ばかりだけれど、大丈夫かしら。
ローラ自身は鷹揚としていたため、ヘレンも必要以上には心配する素振りを見せなかった。主人の身に何かがあってからは遅いが、ヘレンもまた、噂話以上のことは何も知らないのだ。会話をしたローラが「大丈夫」と言うのであれば、きっとそうなのだろうと信じるほかない。
──直接お会いしたわけではないし判断は早計……でも実際のところ、アメリア様ってどんな方なんでしょう? ……あ、そうだ!
翌朝、ちょっとした悪戯心と共に閃いた計画に胸を弾ませながらヘレンは眠る主人の部屋にそっと入ると、閉め切られていたカーテンを静かに開け「んん……」とまだベッドの中で惰眠を貪りたいと主張し微かに呻くローラの寝顔を覗き込み、優しく声をかけた。
「さあさあ、お嬢様。今日から本格的に学園生活が始まりますよお。ちゃちゃっと起きてください」
「ん……もうちょっと……」
「だーめーでーすーよー。はい、起きてください」
「うぅ……おはよう、ヘレン……」
「はい、おはようございます」
起き上がったものの、まだ夢見心地で寝癖のついた頭でむにゃむにゃと呟いているローラに、ヘレンは微笑んでみせた。
──今朝はこっそり、お嬢様の後をつけちゃいます。そうしたらきっと、アメリア様のご様子も窺えることでしょう。
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