破滅令嬢に懐かれましたけど、問題なんかありません!
われさら
はじめまして──ですわよね?
富。それが何であるか公爵令嬢ローラ・ルルベルはよく知っている。
──富。それは、『美しさ』ですわ。
金銭ではない。無論それらが重要なものだということくらいは認識している。だが、それらはあくまでも『美しさ』を手にするための手段に過ぎないと彼女は考えていた。
公爵令嬢たるローラ・ルルベルの日常は美しさに溢れている。身に纏うもの。使うもの。見聞きするもの。食すもの。そして出会う人々、紳士淑女の立ち振る舞い。それらの美しいものすべてが、彼女にとっての富だった。
そんな彼女がメリアテッサ学園に入学した初日に『破滅令嬢』ことアメリア・パンナイフにうっかり声を掛けてしまったのは、仕方のないことだったのかもしれない。
──────────
「そうそう、それでね? お父様ったら──」
晴れ渡る空から吹く風は穏やかに、非常に広大な敷地を持つ学園の一角にある庭園の草花を揺らしている。学園に入学したその日、早速同じ学年の者たちと親睦を深めようと、ローラ・ルルベルは令嬢たちと和やかに談笑しつつ、楚々として歩いていた。
──ああ……! 素敵なものばかり!
思わず軽やかなステップを踏み出しそうになるほど、彼女は浮かれていた。美しい花に集う蝶のようにローラへと群がってきた令嬢たちの腹の内には、あるいは「公爵家とお近づきになろう」という打算的な部分があるのかもしれない。しかしそれを露ほども感じさせずほのぼのと会話ができる様は、淑女教育をきちんと受けてきた人間のそれだった。
「見てください、ローラ様。フリージアがあんなに」
「ええ、とても素晴らしいですわね」
堅苦しい式典を執り行った講堂は歴史の重みを感じさせる佇まいをしていた。しかし「古ぼけた」という形容は似合わない。磨き上げられた窓も貫禄を失わないよう塗り直されている壁も、威厳さを失わずにあった。
そして今彼女が見渡している庭園も、よく手入れされているのが一目でわかるほどに花々は咲き誇っている。一分の隙すら無いと言っていい。新緑の葉も色鮮やかな花たちも、新たな生活を始めるローラたちを祝福するかのようにそよ風と戯れ芳醇な香りを放っている。
はしゃぎたい気持ちを堪えながらローラが緩やかなカーブを進むと、その先の歩道にしゃがみ込み花壇に手を伸ばしている一人の少女が視界に現れた。
──ん……? どなたかしら……?
それは黒髪の少女だった。学年で色が分けられているネクタイの色は、彼女たちと同じ
「まあ……」
思わずローラは息を呑みその場で立ち止まった。彼女は直感で理解した。眼前の少女が只者ではないことを。凛とした彼女は、見ているこちらが思わず背筋を伸ばしたくなるほど冷ややかな美しさを持っていた。同時に、ローラの頭の中に存在する公爵令嬢としての幅広い人脈の記憶を探ってみても、眼の前の少女に一致する人物は見当たらなかった。一度でも会っていれば間違いなく彼女の脳内に深く刻み込まれるであろう、その美貌の少女が誰かわからない。
誰かがこの少女のことを知っているかもと思い、ローラは共に歩んできた淑女たちの方を見ようとして気がついた。横に並び歩んできた彼女たちは今や、ローラから一歩後ろに引き怯えている。
「あの……どうかしまして?」
「ロ……ローラ様っ、違う
──何を怯えているのかしら?
声を震わせ蚊の鳴くように、令嬢たちは今すぐにでもこの場から立ち去りたそうにしている。仕方がないのでローラは一歩踏み出すと、相変わらずこちらには見向きもせずぼんやりと花壇の花を愛でている黒髪の少女に声を掛けた。
「ごきげんよう」
ローラの声に顔を上げた少女は、宝石のような
「はじめまして──ですわよね?」
この黒髪の少女に見覚えがないということは、少なくとも同格の公爵家やそれに近しい家格ではない。無論、王家の人間でもない。であるならば、公爵令嬢であるローラとしては向こうから先に名乗ってもらわないと困る。そういう意図を込めての発言だったが──
「はじめまして」
無感情に呟くと黒髪の少女は折り曲げていた膝を伸ばし立ち上がった。ローラの想像していた通り、少女は彼女よりも背が高い。見下ろしていた先程と入れ替わって、ローラはほんの少しだけ彼女見上げるような形になる。
「……」
「……」
──ど……どうして名乗ってくれませんの……!?
ローラをして一言の文句もなしに「美しい」と思わせる少女はしかし、すべてを拒絶するような無感情さでひたすら彼女を黙って見つめていた。
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