グレッグの、射抜くような視線を受け止めながら、私は言葉を続けた。

彼の瞳の奥には、まだ多くの疑問と、不信感が渦巻いている。

だが、同時に、この不可解な事件の真相を、何としても突き止めたいという、探偵としての強い意志も感じられた。


「シャオ・ツーくんの記憶の中にあった、あの古い施設…。

それが、この学院の、そして彼らが隠そうとしている秘密の核心に繋がる場所だと、私は考えているわ」

「古い施設…? 具体的には、どんな場所なんだ?」

「まだ、はっきりとは分からない。

ただ、彼の意識の断片から再構築したイメージは、この広大な学院の敷地の、おそらくは北西の森の奥深くにある、今はもう使われていない研究棟のような建物だった。

そして、その周囲には、奇妙な…そう、まるで高エネルギー粒子を遮断するかのような、特殊なシールドが張られている気配があったの」

「シールド…? まるで、軍事施設だな」グレッグは、眉をひそめた。


「ええ。そして、その施設こそが、霊子研究、あるいは…霊子能力者の育成に関わる、非合法な実験場である可能性が高い。

私は、そう確信しているわ」

私の言葉に、グレッグは息を呑んだ。

彼の顔に、驚愕と、そしてある種の諦観のような表情が浮かぶ。

彼もまた、この学院の闇の深さを、感じ取り始めているのだろう。


ベッドの足元で、ジジが大きな欠伸(あくび)をした。

まるで、私たちの深刻な会話など、どこ吹く風といった様子で、のんびりと毛づくろいを始めている。

だが、彼の金の瞳は、油断なく私とグレッグの様子を窺っていた。

彼は、ただのファミリアではない。

私の精神の守護者であり、そして、この霊子という未知の力に対する、数少ない理解者でもあるのだから。


「…雛子」グレッグが、絞り出すような声で言った。

「お前が言っている、その霊子ってのは、本当にそんなに…途方もない力を持っているのか? 意識を物質化させたり、他人の精神を操ったり…まるで、神の所業じゃねえか」

「神、ね…」私は、小さく首を振った。

「神かどうかは分からない。

でも、霊子が、私たちが知る物理法則を超えた、何か新しい原理に基づいている可能性は否定できないわ。

ICAの極秘資料によれば、霊子は、単に意識と物質を媒介するだけでなく、時間や空間、そして…あるいは、私たちが認識しているこの宇宙とは異なる『次元』や『平行世界』にさえ、影響を及ぼす可能性がある、とされているの」

「平行世界…?」グレッグの目が、大きく見開かれた。

「おいおい、話がどんどんSFじみてくるな。

次はタイムマシンでも出てくるのか?」

彼の軽口に、私はふっと息を吐き、ほんの少しだけ口元を緩めた。

深刻な話ばかりでは、彼も息が詰まるだろう。

「もしかしたら、出てくるかもね」私は、わざと謎めいた言い方をした。

「霊子が本当に高次元空間と繋がっているのだとしたら…そして、シャオ・ツーや、あるいはその背後にいる何者かが、その力を自在に操れるのだとしたら…彼らは、この世界の法則そのものを書き換えることさえ、可能になるのかもしれない」

グレッグは、私の冗談とも本気ともつかない言葉に、一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに真顔に戻った。

彼は、私がただの軽口でそんなことを言う人間ではないと、分かっているのだろう。


「…雛子、」彼は、ゴクリと唾を飲み込むと、震える声で尋ねた。

「お前自身も…その霊子の力を、使っているんだろう? あの黒麒麟のような姿も、そして、俺には見えないはずの、この猫のファミリアが、今、こうして実体化しているのも…全部、その霊子とやらのおかげなんだろう?」

隠し通せない。

いや、もう隠す必要もないのかもしれない。

彼には、真実を知る権利がある。

そして、私には、それを伝える責任がある。


「…ええ」私は、静かに頷いた。

「私自身、どうしてなのかは分からない。

でも、私は、他の人間よりも、霊子に対する親和性が高いようなの。

おそらく、幼い頃の…ある出来事がきっかけで、その能力が覚醒した。

ICAは、その私の特異な体質に目をつけ、私をエージェントとしてスカウトした。

そして、ジジもまた、私のその能力をサポートし、制御するために、特別にチューニングされたファミリアなのよ」

私の告白に、グレッグは言葉を失ったようだった。

ただ、呆然と、私と、そして私の足元で悠然と欠伸をするジジを、交互に見つめている。


「…つまり、お前は…心霊ハッカー、ってやつなのか?」やがて、彼が絞り出した声は、ひどく掠れていた。


「そう呼ぶ人もいるわね」私は、自嘲気味に微笑んだ。

「でも、私自身は、そんな大層なものだとは思っていない。

ただ、他の人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、そして、時々、ありえないことができてしまう…それだけのことよ」

部屋の中に、重い沈黙が流れた。

窓の外は、もう完全に夜の闇に包まれ、医務室の簡素な照明だけが、私たちの姿をぼんやりと照らし出している。


ジジが、ふぁあ、と大きな欠伸を一つすると、くるりと丸くなって、私の足元で眠りについた。

まるで、もう自分の役目は終わったとでも言うように。

あるいは、これから始まるであろう、私たちの長い夜に備えて、しばしの休息を取っているのかもしれない。

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