第19話:ホログラムと幻のキーボード

🌐🖐️「ふれられないのに、ここにいる」


ポッドが止まったのは、無音の空間だった。


床も壁も、すべてガラスのように透きとおっている。

けれど、何も“触れられる”ものがない。

見えているのに、触ろうとすると――すり抜ける。


「ここ、どこ?」

アカリが手を伸ばす。


彼女の指先が、空中に浮かぶ透明なキーボードに触れようとした瞬間――


カチッ。


押していないのに、確かに“押した感触”が指先に伝わってきた。


「……え?」

「ねえ、今“押した”よね? でも、触ってない……!」


ユリスの声が、静けさのなかに届く。


《ようこそ、“非接触フィールド”へ。

ここは、“触れずに伝わる力”を、

五感で感じる場所です。》


浮かび上がったのは、未来的なカフェのホログラム。

客たちは、何もない空中に向かって手を動かし、メニューを操作していた。


“見えるけど、触れない”のに、“感じてしまう”。


「……どうして“感触”があるの?」


カイが、空中のキーボードを押すように手を動かす。


ユリスが答える。


《それは、“超音波”という、

人には聞こえないほど高い音の“波”を、

手のひらの“空中”に当てているから。》


《その波は、空気を振動させ、

“まるで押されたかのような錯覚”を、

指に生み出します。》


「つまり……“触れてるフリ”なのに、

ちゃんと“感じる”ってことか」


リオがそっと言う。


「でもさ、それって……

なんか、**“心の距離感”**にも似てる気がする」


「会話してなくても、誰かがそっと気にかけてくれてた――

それって、触れてないのに、届いたってことじゃん」


アカリの言葉に、カイも頷いた。


「……たしかに。

本当の“やさしさ”って、見えなくても、感じられることがある」


ユリスが続ける。


《物理的な“接触”がなくても、

感覚は生まれます。

それは、信号でも、音波でも、気持ちでも。

“ふれる”という行為の本質は、

“伝える意志”にあるのです。》


そのとき、3人の手のひらに、ふわりとやさしい風のような感触が伝わってきた。


触れていない。

でも、確かに――“ここにいる”と、伝えられている。


「見えなくても、聞こえなくても、

ちゃんと“ふれてる”って思える瞬間ってあるんだな」


「それって、テクノロジーじゃなくても、

人の気持ちにもあるよね」


リオがそっと手を胸にあてる。


ポッドがふわりと浮かび上がる。


ホログラムのキーボードは、何も押されていないのに、

まだ誰かを待っているように、静かに光っていた。

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