第3話
「と、いうわけで歌を撮ろう」
「むう」
「まだ何歌うか決めてないの?」
「一応歌いやすそうなのを見繕ってみたんだけど」
「どれ?」
「これ」
メモ帳をまくって見せる。
「ふんふん。いいんじゃない? なんか問題でも?」
「どれ歌おうかなって」
「全部歌おう」
「全部?」
「全部」
ええーまじでー。
「とりあえず一番簡単なやつから撮ろう」
「もしかして今から?」
「もちろん」
Oh……。
と、言うわけで撮ったわけだが。
「これで大丈夫なのかな」
「文句なしだね。これそのまま無編集で上げよう。むしろその方が良い」
「まあ、お前がそう判断したんならそうしてくれ」
「やっぱり自分じゃ上手いのかどうかわからない?」
「まったくわからん」
普通に歌ってるだけだぞ。
「聴いてるほうとしては感動モノなんだけどなあ」
「周りの反応見ても声がいいのか歌がいいのか」
「両方に決まってるじゃない」
ぬう。
「ま、そろそろ夕飯だから投稿しちゃおう」
「夕飯なんだって?」
「からあげ」
やったぜ。ま、いいか。どうにでもなーれ。
☆
ヘッドホンを外していつの間にか流していた涙を拭う。
「ふう。……新しい讃美歌……いや、何かに例えるのも無粋か」
彼が人前に出ないのは世界の損失だと芸能界に誘ったが断られた。強引に勧誘した奴等は彼の両親どころか彼の祖父、本条啓一まで出てきて釘を刺された。いまだに政財界の調整役として活躍している彼に睨まれるのは避けたいところだ。
「しかしYtuberか……」
確かにこれなら家から出ずにすむ。だがどういう心境の変化だろうか? いちファンとしてはありがたいが。承認欲求? それはない。物心つく前からうんざりするほどの注目度だったはずだ。今更いらないだろう。そう。うんざりしていたはずだ。それが今になって画面越しとはいえ人前に出てきたのは何故だ?
「んー、わからん」
金目当てってことも無いはずだ。あの家は裕福だからな。……いやまてよ。彼は、その容姿と声からそうとは思えないほど普通の感性をしていた。と、思う。ということはもしかして、親のスネをかじることを良しとしなかった、か?
「だが、大変だぞ」
あの家のセキュリティとかどうなってるんだろうな。動画で注意してたが、抑えきれるもんじゃないだろう。
「金子先輩」
ん。
「どうした三上」
「課長が呼んでますよ……銀一君ですか」
「ああ。さっき歌ってみたが上がったんでな」
「へえ、それは楽しみです」
「で、課長はなんだって?」
「さあ? もしかしたら銀一君関係かもしれませんね」
「そりゃ無理だ」
マジで無理だから違っててくれよ。
☆
「コメント欄こわ」
「そろそろ慣れて……うわ」
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