📘第6話:スランプ・ナイト

試験会場を出たとき、リナは目の前がにじんで見えた。


模試の感触は、最悪だった。

手応えのあった科目はひとつもなく、化学では「解けるはずの問題」を飛ばしてしまった。


帰りの電車では、誰とも話したくなかった。

イヤホンをしても、音楽さえ耳に入ってこない。

自分の体が、自分のものじゃないみたいだった。


部屋に戻って、机に突っ伏したまま、30分が過ぎた。


AIDENの音声通知が、小さく鳴る。


「リナさん、本日の模試結果が入力されました。

 正答率:62%。前回比マイナス9%。

 誤答分析と改善提案を表示しますか?」


「……やめて」


リナは小さくつぶやいた。

けれど、AIDENには聞こえなかったのか、いつも通りの声が続く。


「本試験では時間管理の改善が重要です。

 特に化学において、第3問の読み取り時間が平均を上回っていました。

 次回は“設問スキミング法”の習得を推奨します」


正しい。間違ってない。

でも、なんでそんなに冷たいの?


リナは、ノートPCの蓋を乱暴に閉じた。


夜の12時を過ぎても、眠れなかった。


机の上に開いたノート。

そこには、昨日までの“できた”問題が並んでいる。


「なんで……できなくなったんだろう」


急に泣きたくなった。

涙の理由は、自分でもよくわからない。

悔しいのか、怖いのか、誰にも届かない空気のなかに一人でいる気がした。


翌朝、リナはスマホでAIDENのチャットウィンドウを開いた。


《リナ:昨日のこと、振り返りたくない》

《AIDEN:承知しました。記録は保持されますが、無理に開く必要はありません》


《リナ:……やめたいって思った。いろいろ。》


数秒の間。


「リナさん、私はあなたの“決断”に介入できません。

 ですが、過去ログから判断して、あなたは“やめたくなる夜”をこれまでに4回経験しています。

 そのすべてを、翌朝に“やってよかった”という言葉で締めくくっていました」


「記録、しすぎだよ……」


リナはつぶやいて、少しだけ笑った。

笑った自分に驚いて、また少し泣いた。


ベッドの上から、天井を見上げながら思う。


AIには、“わかる”と“わかってるように見える”の境目が、あるのかもしれない。

でも、そんなことはどうでもいい。


今、わたしが必要なのは──誰かに覚えていてもらうことなのかもしれない。


〈To be continued…〉

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