第8話「夏へのプレリュード 」
ライブハウスの青いスポットライトと、割れるような拍手の残響。
自分自身の心臓の音と、フロアを揺らすバスドラムの音が混じり合うような感覚が、まだ残っている。
あの熱狂の初ステージから、数日が過ぎた放課後。
窓の外では、夏のはじまりの陽射しが傾きかけていた。
音楽室には、部の正式認可が待ち切れない6人のメンバーが揃っている。
長机を囲み、そらはプリントの余白に「Aozora Drop」のロゴ案をいくつも描いては消し、雫と月音はその横で、ライブの反省点を小さなノートに書き出している。
海はスマホで布地のサンプル画像をスワイプし、照は指で机を叩きながら歩き回って、次のステージの構成を考えている。
屋上練習組も、そうでないメンバーも、一旦ここに集合するのが、彼らにとっての心地よい放課後のルーティンになっていた。
「さて――今日は、いいお知らせがあるわ」
東雲先生がドアを閉めるなりそう言うと、全員の動きがぴたりと止まる。
照が椅子に座りかけたところでそのまま空中停止し、そらがペンを置く。
「あなたたち、正式に“部”として認められたわよ」
「……えっ」
「ほんと!?」
「やったぁぁぁぁぁ!!」
海が誰より大きな声を上げ、雫と月音は顔を見合わせて、控えめながらも嬉しそうに小さくハイタッチを交わした。そらは目を閉じて、ぎゅっと拳を握る。
ピアノの前の未碧は、全てを見届けるように、少し遅れて目を細める。
未碧が、その名を噛みしめるように呟いた。「陽向学園、舞台芸術部――」
その言葉に、場の空気が落ち着いたかに思えたそのとき、先生は一本の指を立てた。
「ただし――条件付き」
「あ、きた」
未碧がぼそりとつぶやく。彼女だけは、先生の性格をよく知っている。
全員の視線が、再び緊張の色を帯びて東雲先生に集まる。
「夏の“市民パレード”に参加すること。
きちんと、“私立陽向学園高等学校 舞台芸術部”の名前を出して」
「パレードって……あの、商店街の?」
未碧が控えめに訊いた。
「そう、あれ。地元の連やダンスチーム、山車なんかも出る、あの賑やかなやつよ。その中に混ざって歩くの。ちゃんと“文化活動”として参加すれば、衣装代も――予算として通せるわ」
静まりかけた空気が、一度止まった。
そして――
「……それってつまり、街のど真ん中を、歩きながら歌って踊るってこと……?」
照の問いに、先生はにこりと笑ってうなずいた。
「そういうこと」
その瞬間、未碧はすっと鍵盤に指を置き、あの荘厳で絶望的な冒頭の一節を奏でた。
――『トッカータとフーガ ニ短調』
そのあまりに的確すぎる選曲に、照は口を開けたまま固まり、そらは「えぇ…」と困ったように笑う。
ため息混じりの笑いと、沈黙のあとのどよめき。
まだ何も始まっていないけれど、みんなの顔には、もう夏の光が満ちていた。
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