第37話 解放

『あ~! 窮屈だった! アナタ、本当にありがとう!』


 光が収束したその場には、妖艶な衣装に身を包んだ女性が浮かんでいた。たっぷりとした水色の緩いカーブの髪と深淵の森のような深い緑の瞳が美しい女性は、ミシャーナに抱き付いて頬にキスを落とした。


『あれ? お兄ちゃんの匂いがする。もしかして、成約済み?』


「お兄ちゃん?」


 いきなり怒涛の如く話しかけられ、状況把握が遅れたミシャーナは、妖精の言うお兄ちゃんが誰なのかすぐ判断ができなかった。

 部屋一面に広がる新緑の香りで頭が徐々にはっきりとしてくると、妖精の言う意味をようやく理解することが出来た。


「まさか、あなたはフィンの――」


『そうだよ、妹! わーい、お姉ちゃん!』


 そう言った妖精は、ミシャーナの体を再び強く抱き寄せた。


 シリルは女性が抱き合う姿を目の当たりにして、思考が停止していた。

 今まで精霊と信じて疑わなかった存在が実は妖精であったこともだが、身に着けている品の欠片もない服装が気恥ずかしく、しかしミシャーナと並ぶことでより完成された二人の美しさから目を逸らせないでいた。


『アタシの名前はルトベリー! ベリーって呼んで。お姉ちゃんの名前は?』


 ルトベリーはふわふわと浮かびながら、ミシャーナの首に腕を回して質問を続けている。

 暫く放心していたシリルは、ようやく正気を取り戻した。成約者の自分を差し置いて、妖精がミシャーナにばかりまとわりつくのを見て、自分の存在を示す。


「わたしが成約者だ。まずは彼女から離れて貰おうか」


 一瞬の間を置いてルトベリーはミシャーナから離れ、シリルの元に近付いて来た。しかし、胸や腰の形が露骨に分かるあまりにも気品の無い姿を凝視できず、シリルは顔を赤らめて目を閉じ、横を向いた。


「その破廉恥な格好を何とかしてもらえないか」


『照れてるの? やだ可愛い~! しかもシリルって近くで見るといい男じゃない?』


 シリルの顔を眺めながらルトベリーが指を鳴らすと、彼女の服が一瞬で清楚なドレスに変化した。


『これでいいかな?』


 胸元も腰も見えない服装に安心したシリルは、ひとつ咳ばらいをした。そして、妖精が精霊として持ち込まれた経緯を聞いた。


 ルトベリーは厳格な父、妖精王の目を盗んで遊びに出掛けたところを、精霊と勘違いした魔法士に捕まり、サラディア家に持ち込まれた。


 妖精はその能力の高さから姿かたちを変えられ、主に妖精・精霊・聖獣に変わることが出来る。

 精霊の姿に変化し、妖精王に見つからないよう行っていた能力の制限と、魔法士の認知の歪みから精霊と定義された事で妖精に戻れなくなり、無理やり制約を取り付けられ使役されていたのだと言う。


『というわけで、制約を解除して欲しいんだけど? アタシはもう使役ではないのだし』


 ルトベリーはいまだ成約が成立していることに苛立ちを感じている様子だ。だが、今目の前にある計画を進めるには、彼女の能力が必須だ。


「ベリー。私たちは貴女の能力が必要で、どうしても今すぐに制約を解除するのは難しいわ。もう少しだけ力を貸してくれないかしら」


 ミシャーナは、本心ではフィンの妹だと言うルトベリーを今すぐにでも解放すべきだと言いたかったが、先にエリザを救うと約束した以上は計画を譲ることができなかった。

 どちらかを立てれば、どちらかが立たない。苦しい二択だった。


 苦しそうな表情のミシャーナを見て、ルトベリーはため息をついた。


『分かったわ。あなたたちの事情はアタシも聞いていたから分かるし。それにアタシもセドリックって男が気に食わないの。女の敵でしょ、ああいうの!』


「ありがとう、ベリー!」


 ルトベリーが握り込んだ拳をミシャーナが両手で包み込んだ。ルトベリーは少し照れながら続けた。


『いいの。どうせ兄様も探さなきゃいけないし?』


 ルトベリーはシリルを何か言いたげな目でじっと見た。シリルは盗まれたもう一体の精霊のことを言っているのだと理解し、頷いた。


「一緒に買い取った精霊の行方は、まだ分かっていない。が、妖精が協力してくれればより早く見つかる筈だ。それから、今回の件が終わり次第、貴女を解放すると約束しよう。こちらへ」


 シリルは執務室に二人を連れ出すと、机から紙を取り出して素早く陣のような模様を描いた。


「ルトベリーだったな。この紙の端を持て」


 言われるがままに、ルトベリーが差し出された紙の端を持った。シリルが呪文を唱えると、描かれた魔法陣が光って模様ごと消えた。


「ハァ、これで二日後にお前との精霊契約は解除される」


 シリルは気が重いようだったが、その決断力の速さにミシャーナは尊敬の意を表する。重要な局面での即断即決がどれほど大切か知っていたからだ。


「家門に係わる大きな決断を即座にできるなんて……すごいです、シリル様」


 賛辞を送ると、シリルは「わたしに一任されていることだ」と、照れ臭そうに髪を撫でつけた。

 強力な味方がまた一人増え、計画は順風満帆に進んでいった。

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