第32話 アリアからの手紙

 ミシャーナはこの二日、セドリックに見つからないよう大人しく宿屋に籠っていた。

 不正について裏が取れ次第連絡するとシリルに宿を尋ねられ、使者が訪ねてくる可能性も併せて、外出する気になれなかった。


 部屋から見える街の風景は、活気にあふれて皆が生き生きと働いている。


 ――令嬢はさておき、治安が良いのは領主がきちんと仕事をしている証拠ね。シリル様の優秀さを見れば、問題なく公務が行われているのが良く分かるもの。


 シリルは不正を許さず、ミシャーナを質問攻めにした。伯爵邸に忍び込んで書類を手に入れるという無茶をした部分だけ上手く誤魔化し、残りは真実だけを述べた。

 きっとシリルなら理解してくれる。ミシャーナは彼の姿に感銘を受け、たった一度の会話の中でも信頼に足る人物だと感じていた。


 外の景色を眺めていると、机の上に置いてあった箱が淡く光る。アリシアからの手紙が届いた合図だった。


 急いで箱を開け、届いた手紙に目を通す。手紙はセドリックについての調査内容だった。


『拝啓、敬愛するお姉さまへ

 サラディア領はいかがですか? お姉さまが旅立たれて一週間になります。お元気でいらっしゃるようで何よりです。


 さて、ご依頼の件です。

 についてですが、お姉さま付きだった秘書のブリトニーが、早速成果をあげてくれたのでご報告します。

 アリアは見てはいけないと言われたので中身は見ておりませんが、少しだけ話を聞いただけでも心が痛みました。報告書をお読みになったあとのお姉さまがとても心配です。

 一緒に送付した封筒の中に詳細が載っているとのことです。お役立てください。


 アリアはまだまだお姉さまのお役に立つには時間が必要ですが、お勉強を頑張って少しでもお姉さまに認めていただけるよう努力します。


 それでは、お体お大事になさってください。またお姉さまに会いたいです。


 ――アリシアより』


 アリシアからの体を気遣う文章に胸を打たれ、ミシャーナは手紙を抱きしめた。毎日やり取りしてはいるが、手紙を見ると負担をかけてしまっていることが良く分かる。

 身勝手にアリシアを継承第一位にしただけでなく、調査まで頼んだことを少し後悔した。


 だが、今回ばかりはセドリックを放置できない。アリシアまでがクズと呼ぶほど、実情がすさまじいのかと息を飲み、封筒を開けた。


『報告書


 セドリック・ベルグレイヴについての調査結果をお伝え致します。


 まず、ミシャーナお嬢様との婚約期間に口説いたご令嬢の数は十六名、その中でお付き合いがあったのは五名。

 さらにそこから情事に至った人物は三名、その中のおひとりがオリヴィエ・トゥランゼル嬢です。


 妊娠しているのはオリヴィエ・トゥランゼル嬢のみで、他のご令嬢は婚約破棄とベルグレイヴ家追放の一報を聞いて身を引いたとのことです。

 情事のあるお二方は完全に遊びの一環だったようですので、これ以上の追及はいたしませんでした。


 また、お付き合いがあった残りの二名のうちのおひとりが、エリザ・サラディア伯爵令嬢のようです。こちらはエリザ・サラディア嬢の方が熱を上げており、まだお手付きは無く金の無心だけ行っているようです。

 簡単に言えば紐です。


 もう御一方は辺境伯令嬢ですが、こちらは手紙のみのやり取りに留まっている様子です。


 報告としましては、高位貴族のご令嬢と縁を持つことで体の良い支援者として利用しているようです。

 逆に下位貴族のご令嬢との縁は体が目的のご様子で、どなたもお嬢様の美しさには敵いませんが、皆美しいと評判の方ばかりでした。


 明後日、トゥランゼル男爵家ではオリヴィエ令嬢の結婚式を執り行うそうです。

 外聞が悪いため身内だけの式になるようですが、近々セドリック・ベルグレイヴがセリシエ領に戻ることになるでしょう。


 まだ調査中の事案もございますが、ひとまずこちらの情報がお嬢様のお役に立つことを信じております。


 ――ミシャーナお嬢様の腹心 ブリトニー』


 報告書には、ところどころセドリックへの棘が見え、怒りが伝わってくる。そんな報告書には、もう一枚別紙が添付されていた。

 ブリトニーからの私信だった。


『親愛なるミシャーナお嬢様


 この度は、報告によりお心を痛められないか心配でなりません。

 調べた中で気になるところがあり、個別にご連絡致します。


 あのクズが、エリザ嬢と一緒に一瞬で消えてしまったのを複数人が目撃している様子です。また、セリシエ伯爵に負わされた傷が一瞬で治ったとも。


 サラディア家には魔道具、または魔法が使える何かを使役している可能性があります。それは、妖精なのではと言う噂もございました。

 くれぐれもお気を付けくださいませ。


 ――ミシャーナお嬢様の腹心 ブリトニー』


 『妖精』という文字にミシャーナは狼狽した。フィンのことはまだ秘密にしているのに、まさか報告書の中に妖精の文字を見ることになるとは思わなかったからだ。


コンコン


 唐突に叩かれたドアの音に、ミシャーナの心臓は飛び上がった。

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