第4話:後悔の形
その扉の奥から、湿った風が流れ込んでくる。
雨の匂いとも違う、生臭いような、鉄と泥のような匂い。
「湊くん、戻って」
アオが震える声で叫んだ。
だが湊は、その場から動けなかった。
足元が凍りついたように、全身がその扉に釘づけになる。
何かが、こちらを見ている。
見えないはずなのに、確かに“視線”を感じる。
背筋を撫でる、見覚えのない“誰かの目”。
ゆっくりと、扉の奥から“それ”が姿を現した。
最初に見えたのは、白いシャツ。
だが、それは血のような赤黒い染みで覆われていた。
次に現れたのは、顔。
……いや、“顔だったもの”。
鼻は潰れ、眼球は片方がぶら下がり、顎はあり得ない角度に外れている。
それはまるで、飛び降り自殺者のなれの果てのようだった。
「……おれ?」
湊が呟いた。
“それ”は自分に似ていた。
髪型も、体格も、着ている服も、見覚えがある。
——飛び降りる直前の、自分の姿そのもの。
「やっと……見つけた……」
“それ”が、声にならない声で呻いた。
喉が潰れているはずなのに、脳に直接響くような声。
「後悔、しただろ……おまえは……」
「やめて……」アオが小さく泣くように呟いた。
だが“それ”は一歩、また一歩と近づいてくる。
手の先には、何かが握られていた。
それは——割れた鏡の破片。
「これが……見たかったんだろ? “本当の顔”を……」
“それ”が鏡の破片を湊に突き出す。
映ったのは、ぐしゃぐしゃに歪んだ顔。
皮膚がめくれ、目が潰れた、死んだ自分。
「これが、おまえの“死に方”。
これが、おまえの“後悔”。
これが、おまえの“現実”だ」
湊は叫んだ。
思わず後ろにのけぞった。
それでも、鏡の破片から目を離せなかった。
——生きていたい。
——戻りたい。
——もう一度、やり直したい。
「それなら……」
背後から、アオの声が囁いた。
「それなら、“私を忘れて”。
そうすれば、戻れる」
「でも……」
アオは静かに微笑んだ。
「いいの。
私は、いつもここで、誰かに見られるのを待ってるから」
“それ”の手から、鏡の破片が落ちた。
音もなく、床に沈み込むように。
次の瞬間、部屋全体が反転したような感覚が湊を襲った。
重力も時間も、すべてが逆流していく。
彼は、再び——落ちていた。
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