第16話 眠り姫の檻
再構成が進む艦内は、静かだった。
かつての戦場の傷跡を抱えたまま、それでも確かに、命をつなぐ音が響いている。
ユウトは、ユグ・アニマの中央に設置された再構成フィールドを見つめていた。そこには、義体の一部を覆うように半透明の膜が張られ、金属光沢の新素材が幾層にも重ねられている。
イナヅマの躯──いや、彼女自身が、少しずつ“帰ってきている”。
『再構成進行率、58パーセント。中枢接続ラインの整合性良好』
アカツキの声は、艦内の各所に柔らかく響いた。
彼女の仮設義体は既に稼働時間を超えていたが、今は艦内に直結されたシステム経由で支援処理を続けている。
「アカツキ、再構成に必要な素材は……大丈夫か?」
『現在までに収集・分解した艦内残骸により、基礎素材の不足はありません。ただし、左脚関節部に使用されていた合金コイルが不一致です。代替処理を実施します』
ユウトは、再構成ユニットの側に歩み寄り、静かにイナヅマの義体に視線を落とす。
崩れた左脚部は、いまだ仮設の支持パーツに支えられたままだ。
その姿に、再びあの記憶がよみがえる──
歪んだ通路。焦げた壁。煙を抜けて、ただ一人を抱えて駆け抜ける少女の姿。
『……絶対に、離しません。置いていかせませんから……!』
小さな体に似合わない、強い意志の声だった。
その腕に抱かれていたのは、冷えきった義体──今、目の前にある“彼女”だったのだ。
「……守ってくれたんだな、あの時……」
ユウトは胸元に手を当て、そっと目を伏せる。
かすかに思い出したのは、修理班として旧連邦艦に一時籍を置いていた時期の断片的な記憶だった。
記録には存在しないその記憶が、彼の中で少しずつ形を成していく。
かつての仲間、忘れられたはずの時間。
なぜ自分がここにいるのか──その意味すら、少しだけ形を帯びた気がした。
彼の指先が、義体の頭部近くに伸びる。
かすかに残った焦げ跡。破損したセンサー。
それでも彼女の表情は安らかだった。
『……ユウト。提案があります』
「ん、なんだ?」
『艦の修理を優先しませんか? このままでは中長距離航行に支障が出ます。イナヅマの再構成が進むまでの間、アカツキ艦本体の補修に着手するのが最適です』
確かに、とユウトは頷いた。
暁の艦──カゲロウ型の駆逐艦であるアカツキは、航行機能こそ回復しているが、船体外殻には損傷が多く、武装系統はほぼ機能していない。
これでは、もし探索中に再び何かが起これば、逃げることさえままならない。
「よし……時間はある。やれるとこまでやってみよう」
『作業対象を指定します。外郭左舷セクション、シールド発生器周辺からの損傷修復が推奨されます』
アカツキの指示に従い、ユウトは艦内整備区画へと向かう。
工具一式を抱えて、通路を進むたび、かつて彼が手を加えた配線や修復痕が目に入った。
それは、廃墟のような艦の中における“希望の痕跡”でもあった。
扉を開き、隔壁の奥に広がる中間艦層へ足を踏み入れる。
そこは一部が崩落しかけ、金属フレームが剥き出しになった危険な空間だったが、彼にとっては見慣れた作業場でもあった。
「ここのラインがまだ死んでるか……一度通電して、状況を確認しないと」
彼は腰を下ろし、配線ボックスを開いて計器を接続する。
小さな火花とともに、モニターが点灯し、内部の回路構造が浮かび上がった。
その途中、ふと後方の再構成フィールドを振り返った。
膜の向こうで、イナヅマの目元が、安らかに閉じられているのが見えた。
まるで長い夢の中にいる少女のように、穏やかな表情だった。
彼女の髪に残った煤や、ほとんど剥がれ落ちた制服の布切れ。
それすら、彼には尊く感じられた。
「──大丈夫だ。次は俺たちが守る番だ」
彼はそう小さく呟き、工具を手に取り、静かに歩き出した。
その背後では、ユグ・アニマの炉心が淡い光を放ち続けていた。
この艦が、再び“家”になるための、最初の鼓動が確かにそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます