第13話 沈黙の鍵
暁の船体が重力の縁を滑るようにゆっくりと接近する中、ユウトはブリッジで手動操縦によるスラスター制御に集中していた。
前方スクリーンに映し出されているのは、崩壊した艦の残骸に抱かれるように沈む、巨大な円柱構造──ユグ・アニマ本体の一部と推定される装置だった。
その外郭には幾重にも及ぶ溶接痕、溶断痕が重なっている。破壊ではなく“封じた”という印象を強く残す痕跡。それは明らかに、事故や自然崩壊によるものではなかった。
「……誰かが、これを閉じ込めたのか」
ユウトは低く呟いた。
アカツキの音声が即座に返る。
『可能性はあります。事故防止、あるいは自衛処置として封鎖されたものと考えられます。ユグ・アニマは稼働中に高エネルギー反応を伴い、周辺環境へ影響を及ぼすことがあります』
「ということは……中にはまだ、何かがあるかもしれないってことだな」
『はい。義体、あるいは関連機材──未確認のユニットが未回収状態で封鎖された可能性があります』
ユウトの視線が、装置中央部にある隔壁のような金属蓋に吸い寄せられる。
その縁には、旧連邦の警告刻印がかすかに残っていた。「干渉禁止」「炉心反応機構起動中」と読めるその文字に、彼は静かな緊張を覚える。
船体が軽く揺れた。
接近限界領域に突入し、暁のシールドが漂う破片に接触し始めた兆候だった。
『接触まで三十秒。ユウト、衝突を避けて一時停止を』
「了解。スラスター微調整……停止シークエンス入る」
ユウトは操縦桿を握り直し、微調整によって船体を漂うように静止させる。呼吸を整え、視界に広がる静寂と対峙する。
構造物は、ただそこにあるだけだった。
何も語らず、動かず、しかし確かに“何か”を抱えている。
『熱源反応──微弱ながら、内部に持続型のエネルギーシグナルを確認』
「持続型……完全に止まってるわけじゃないのか」
『活動の兆候ではありません。あくまで内部エネルギーが失われていない状態を示しています。最後の更新は十日前。ですが……停止していません』
「十日も……それでも残ってるなんて。中で誰かが、ずっと……」
ユウトはしばらく黙ったままスクリーンを見つめた。
そこに映る金属の影は、まるで眠る巨人のように静かだった。
不意に、アカツキの声がやわらかく響く。
『ユウト。判断を下すのはあなたです。ですが、もしこの内部に“彼女”がいるのなら──』
「……ああ。確かめないと、きっと後悔する」
彼は立ち上がり、ブリッジの照明に背を向けた。
「アカツキ。出る。俺が直接、確認する」
『了解。船外出撃プロトコルを簡易仕様で起動。最短ルートをハッチまで表示します』
アカツキの音声と共に、ブリッジのサブモニターにルート表示が浮かび上がる。
ユウトはそれを一瞥し、ブリッジを後にした。
* * *
整備不十分な通路を進む。
足元のカバーは一部が外れ、露出した配線が彼の足をかすめた。だが彼の歩みは乱れない。
通路の途中、彼はふと立ち止まる。壁面に残された、過去の整備ログが焼き付きのように表示されたままだ。
《D型支援ユニット記録残留/転送中断/エラーコード:00093-B》
電──イナヅマの痕跡。
それがまだ、この艦のどこかに“残っている”という希望を、彼の胸に灯す。
ハッチに到着した彼は、出撃用の簡易スーツを手早く装着する。内部圧を確認、気密状態を確保し、最終ロックを解除。
そして、深く息を吸い込んだ。
「……雷。電。俺、行ってくる」
言葉に宿るのは、誰かに届くことを期待するようなものではなかった。
それは、自分に向けた宣言だった。
扉が開く。
真空の沈黙が、世界を支配する。
光のない空間。無音の中に、艦体照明の反射だけが漂っていた。
ユウトは船体外部へと踏み出す。
推進装置のスイッチを入れ、微細な反動とともに姿勢を制御。
その先にあるのは、静かに横たわる“棺”──ユグ・アニマの封印区画。
装置の外郭に接近しながら、彼は周囲の金属接合部を目視で確認する。
旧連邦式の多重ロック。
コードキー、あるいは内部信号でしか解除できない設計。
「アカツキ、周囲に残された信号を調べてくれ。開けられる可能性はあるか?」
『検索中……ローカルコードの一部は一致。ただし認証信号が不足しています。雷または電の中枢コードがあれば、解錠できる可能性があります』
「電の中枢……本当に、まだそこにあるのか」
彼は目を細め、装置表面に手を当てた。
金属越しに、かすかな熱が伝わってくる気がした。
「もし……お前が、まだここにいるなら──応えてくれ」
その声も、呼吸も、すべてが吸い込まれていく。
静寂に包まれたその一瞬、彼は遠い記憶の中の声を思い出していた。
《先に進むなら、きっと誰かが手を差し伸べてくれる》
かつて聞いた、スクラップ街の老技師の言葉。
今もその言葉が、胸の奥に残っていた。
ユウトは静かに、手元の工具を起動させた。
この封印を解く鍵は、きっとそこにある。
彼はそう信じていた。
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