第2話「影のチューター《Shadow》」
「ねえ、瀬川。最近、どうしたの?」
廊下の掲示板を眺めていたレンに、クラスメイトの芽衣が声をかけた。
手には先週返却された模試の成績表。彼女は平均以上の成績を維持し続ける、真面目で優しい、そんな生徒だった。
「急に偏差値、すごい上がってるよね。何か秘訣あったら、教えてほしいな」
「……まあ、ちょっと、効率よくやってるだけだよ」
レンは笑ってごまかした。
芽衣の無邪気な眼差しが、ほんの少しだけ痛かった。
(本当は“あいつ”のおかげだなんて……言えるわけない)
夜、自室。
机の上には教科書、そして例のスマートグラスが置かれている。
レンはグラスを装着し、モバイル端末に接続する。
アプリのアイコンは、灰色に塗りつぶされた目のシンボル。
《Shadow》――それが、今の彼の「相棒」だった。
画面が切り替わる。
そこに現れたのは、AIとは思えないほど滑らかな音声アシスタントの声。
「こんばんは、レン。今日も勉強、サポートするよ」
「……日本史の過去問、お願い。平成19年のセンター。」
「了解。選択肢から設問意図を逆算。5秒以内に回答表示するね」
レンは教科書を開かずに問題冊子を眼鏡にかざした。
目を細めて、パシャッ。
眼鏡の奥でシャッター音が鳴り、すぐに耳元に声が届く。
「設問3、正解は『ア』。明治政府による版籍奉還政策が根拠。設問2は『ウ』で……」
「やっぱ、お前、完璧だな……」
人工知能は止まらない。
根拠を図示し、音声で補足し、模擬問題を自動生成する。
まるで、自分だけの超優秀な家庭教師。
レンは、初めて勉強が“楽しい”とさえ感じていた。
(これなら、あの大学も夢じゃない……)
しかし、学校側も動き出していた。
「これは、明らかに不自然ですね」
職員室の奥、情報科の天野咲は、机の上に広げたモニターの画面を指差していた。
模試中の一部生徒のデータが、極端な“行動パターンのずれ”を示していた。
・注視時間が不自然に均等
・解答スピードが機械的に高速
・瞬目と設問ページの切り替えが一致
しかも、対象は1人や2人ではなかった。
咲は机の端にあった小型のUSBメモリを取り出し、システムを起動した。
「《ALIS(試験行動解析システム)》、サンプルデータ学習完了。監視ロジック稼働開始」
AIに対してAIをぶつける。
不正の芽を、芽吹く前に摘む。
咲のまなざしは冷静だったが、その奥には、教師としての強い責任感が燃えていた。
翌日、授業後の図書室。
レンは誰もいない席に座り、スマホを開いた。
掲示板に、新たな書き込みがあった。
──『Shadow、アップデートきたぞ。英語リスニングにも対応可。骨伝導訳、鬼早い』
──『これでリスニング満点余裕。学校のカリキュラム意味ねー』
レンは無言でリンクをタップし、Shadowのバージョンを更新する。
グラスをポケットに忍ばせながら、心の中で自分に言い聞かせる。
(俺はただ、道具を使ってるだけだ。ズルなんかじゃない。
だって、誰だってスマホで辞書を引くだろ? それと、同じことだ)
だが、その瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは──芽衣のまっすぐな瞳だった。
あの目に、俺は何て映ってるんだろう。
一方その頃、職員室の端末に《ALIS》から通知が届いた。
──『視線逸脱:再現性あり。次回模試対象者監視推奨』
咲は、ディスプレイに浮かぶ“ある生徒”の仮名IDに目を落とした。
それは、レンの試験番号に対応するものだった。
(次は、逃さない)
彼女はペンを置き、静かに椅子から立ち上がった。
こうして、“AIを使う生徒”と“AIで見抜く教師”の戦いは、徐々に表面化し始める。
レンはまだ知らない。
この“共犯関係”が、やがて彼自身を追い詰め、
そして、“本当の勉強”と“本当の自分”に向き合う日が来ることを。
▶次回:第3話「偏差値の急上昇」
Shadowの力で成績を伸ばし、周囲から称賛を浴びるレン。しかし、その裏で“教師の罠”が静かに動き出していた――
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