第8話 初勤務(4)
「まじごめん。本当にごめん。アラームの設定、何度も入れたんだけど起きれなくてっ」
千恵美が顔色を変えて店に現われたのは午後二十三時三十分の頃だった。細身のジーンズに黒のダウンジャケット。初めて会った当初から化粧は薄いほうだとは感じたが、今は走ってきたのだろう、ほんのりと頬が赤く染まっていた。
「晶ちゃん、罰金!」
「うぁ、ミリアさん、ベロベロじゃないですか!?」
「ちょうど団体さんが来てたんですぅ」
「晶ちゃんが来ないからぁ、私がシャンパン開けまくったぞぉ! あはははは!」
千恵美を指さし、若干呂律が回っていないミリアは「罰金! 罰金!」と言い続けて、明道も苦笑いを浮かべている。
「団体さんかぁ、こりゃチャンス逃したかなーーーーあ」
「・・・・・・おはよう」
「そうか、今日が初勤務だった! 私、ダメダメだなぁ」
「大丈夫。近藤店長からは色々聞いているから驚いてはいない」
「逆にそれはそれですごく気になるけど!? あ、まずは着替えてくるわ!」
慌ただしく更衣室に向かい、俺は少し安堵していた。
こうして働く前、俺も俺なりに担当となる如月晶のことを調べていた。クラブマスカレーナでの売上順位は近藤店長から聞いていたが、問題だと思ったのはその出勤率だ。
一ヶ月の平均出勤時間は約三十時間だったのだ。この店舗の営業時間が二十時から午前一時だとすると一日の実働時間は五時間しかない。
だが売上はしっかりと上げて月による大幅な変動がなく、整ったビジュアルから店としても彼女を推したい意思は俺も感じていた。
出現率が低く、けど効率的に売上をあげる。まるで某ゲームのメタル系モンスターみたいだな、という印象を受けていた。
「よし! 着替え完了!」
そんなことを考えていた矢先、更衣室から千恵美が出てきた。
漆黒の薔薇の装飾が印象的なドレスで、長い両足が際立って見えた。
「相変わらず早き替えですねぇ。でも勿体ないなぁ、もっと露出すればいいのに」
「あはは。なるべく簡単に着替えれて、動きやすい、壊れにくいが一番いいんで! それにあんまり肌は見せたくないですよね」
「えぇ? ここに来る人の大半が頭の中煩悩だらけなのに?」
ミリアの言葉に千恵美は苦笑いを浮かべた。すると店内にいた黒服が「晶さん! お客様がお待ちです!」と元気よく呼びに来た。
「指名?」
「いや、インスタ指名です。今日出勤するって言ったら来てくれるって連絡くれてて。うしっ! 頑張りますか!」
チラリと俺を見た千恵美は軽く唇を尖らせた。
「感想」
「え?」
「担当キャストの勝負ドレスに対しての感想は言って欲しいなぁって」
・・・・・・なるほど。服の感想、か。確かに理彩にも服の感想くらいは言いなさいと交際前も、結婚してからも何度も呆れて言われていたことを思い出す。
俺は千恵美の全身を眺め、頷く。
「最高の仕事ができそうだな」
「ぶっ! あははははは! 何それ? 相変わらず堅苦しいなぁ、もう。ただ、そうね。最高の仕事かーーーー気合いは間違いなく入ったわ!」
両拳を握り、気合いを入れる千恵美の姿にミリアも、明道も妹を見るような優しい視線を向けていた。
「初コンビ、指名獲得に向けて頑張りますか!」
「ああ、行こう」
俺と千恵美はホールエリアに向かって歩き出した。
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