第16話「躍動の7分32秒」
00:00|無音
ステージの照明がゆっくり落ちていく。
空間が沈み、空気すら止まったかのような感覚。
誰もが息を呑む。観客のまばたきまで聞こえてきそうな静寂。
そして──
カシャッ。
カメラのシャッター音だけが、真空を裂いた。
遙が、観客席の最前列を切り取る。
誰かが少し、肩を震わせた。
00:08|脈動
朔夜のドラムが、初めて鼓動を刻む。
ドン……ドン……ドン……ドン……
テンポは遅く、呼吸と同じくらいのリズム。
それに合わせて、観客の瞳孔がわずかに開き始める。
AIなら「反応」と記録するだけのその揺れを、音楽は“合図”に変える。
00:32|ひとつめの揺らぎ
海斗のギターが鳴る。
指先だけで掻き鳴らす、アンプを通さない“生音”。
たどたどしい──でも、優しい。
ジャーン……ジャッ、ジャ……
観客の中に、小さな子どもがいた。
その子が、母親の手をぎゅっと握った。
理由はない。ただ“音がこわかった”のかもしれない。
けれど、その手のひらはあたたかかった。
01:20|クラップ・サイン
アイリーンが立ち上がる。
静かに、手のひらを打ち鳴らす。
パッ……パ……パ……パッ
ボディパーカッション。リズムが重なっていく。
観客席から、思わず何人かが手拍子を合わせそうになる──が、やめる。
“今ここで動いてはいけない”と、無意識に察している。
だがそれもまた、音に含まれた“支配力”。
02:47|無言の旋律
遙がステージを横切りながら、再びカメラのシャッターを切る。
今回は観客ではなく、海斗の指先を。
カシャッ。
音ではない。
でも、その写真が“記憶の予告”になる。
朔夜のドラムがテンポを上げる。
トッ・トッ・ドッ・トン!
まるで戦場の鼓動のような音。
アイリーンのクラップが、観客の手に火をつけた。
ついに、誰かが反応した。
03:39|同期
観客席、後方。
ClassMateのバッファリング表示が一斉に表示される。
《認識不能な演目構成》
《同期試行中──失敗》
《再解析中:主観感情処理優先モードへ切り替え》
AIが“意味づけ”を諦めた。
その瞬間、観客の身体が動き出す。
誰かが指先で太ももを叩き、
誰かが小さく足を踏み鳴らし始めた。
伝染するように、音が“観客席の中”にも生まれていく。
04:51|破綻と再構成
遙の手が震える。
カメラのフィルム残量が尽きた。
最後の1枚を、彼は“客席全体”に向けて切る。
カシャッ。──巻き戻す音。ガチャリ。
観客の誰もがその音に目を向ける。
AIでは絶対に計算されない、“終わりの音”。
だが、それが“次のはじまり”になる。
海斗が、ギターを止めた。
その代わりに──
彼は、手話を始める。
ゆっくりと、胸の前で。
「ありがとう」
「僕たちは、ここにいた」
その手の動きが、言葉より速く伝わっていく。
観客の数人が、思わず涙をぬぐった。
誰もが理由を言えなかった。
でも、全員が“受け取った”。
07:05|静寂、そして共鳴
朔夜が最後の一音を打つ。
ドン。……
音が残響して消える。
それを追うように、アイリーンが軽く両手を広げた。
音ではないが、最後の“演出”。
そして──
沈黙。
何秒続いたか、わからなかった。
その後、ひとりの女生徒が──
そっと手を叩いた。
パチン。
誰よりも小さな拍手。
それが“トリガー”になった。
07:32|躍動の終点
嵐のような拍手が会場を包む。
歓声ではなく、震えるような拍手。
涙、笑い、目を合わせることすらためらうような感情のうねり。
Analog Youthの7分32秒。
それは、音楽でもなく、演劇でもなく、映像でもなかった。
“ただの、命の共鳴”。
遙はステージの上で、そっと目を閉じた。
ClassMateの記録に残らなくてもいい。
この音は、みんなの中に生きてる。
▶︎次回予告|第17話「記録されない英雄たち」
文化祭後、Analog Youthの演目は学校記録に“残らない”と通達される。
しかし──あるひとつの“噂”がネットに火を点け、思わぬ方向に動き出す。
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