第5話 白い世界のお姉ちゃん(年下)
少年の姿になった俺は、白い世界を見渡した。
「ここ……どこだ?」
天井も床もない。境目すらない。全部、まっしろだ。
なんで俺の中に精神と時の部屋があるんだ?
理解が追いつかない。
「てか、出口もない……? やば、どうやって出るんだ……」
一瞬パニックを起こしそうになったとき、背後に気配がした。
「レンくん……なんでここにいるの?」
「え……?」
振り返ると、そこにはセーラー服を着た女の子がいた。
高校生くらいだろう。
肩につかないくらいの黒髪。頭のてっぺんには、ちょこんと毛がはねている。
ぱっちりとした、それでいて垂れ目の
地味だけど、人がよさそうな美少女といって差し支えないだろう。
知り合いでは……ないと思う。
でも、なんか見覚えあるような……。
「君は……?」
「うう……、わたしの転移に、あっちの世界線のレンくんを巻き込んじゃったんだ……。ごめんなさい……」
「転移……?」
意味がわからない。
夢か? 夢なのか?
戸惑っていると、黒髪女子高生は俺を見据えて言った。
「……わたしは、
「へ……? ……え、えええええ!!?」
初音ちゃん!?
あの、東京に引っ越したきり会えなくなった初音ちゃん!?
そう言われれば
でも……!
「と、歳が合わないよ! 同い年だったのに! なんで俺が6歳で、君は女子高生の見た目をしてるの!? 俺の妄想だから!?」
だとしたら、我ながらドン引き案件なんですけど!
初恋の女の子の、見たことのない女子高生のすがたを内面に飼っているおっさん……地獄である。俺、そこまで
「うーん、どう話せばいいか……」
初音ちゃんは腕組みをして考え込んだ。
そして、しばらくしてから、ぽつりと言う。
「……知らないほうが幸せなのかも……。ぎゅーっして、よしよししてあげるから、聞かないでくれるかな?」
「うっ……」
魅力的な提案である。それならいいか……と意識がかたむきそうになる。
だけど……。
――こればかりは、踏み込まなければならない。
「知らないほうが幸せ」という言葉で、薄々察してしまった。
俺は問いかける。
「もしかして……初音ちゃんは、一度死んだの? 俺が生きていたのとは、別の世界で……」
「平明」に転生する前に聞いた言葉。
――ごめんね。わたし、この世界のレンくんを
いま思えば、あれは初音ちゃんの声だったのではないだろうか。
もう少し、声が
それで、あの言い方から考えるに。
「――初音ちゃんだけじゃない。もしかしたら、人類が絶滅したの……? 1999年の7の月に……」
――ノストラダムスの大予言。
1999年7の月に恐怖の大王が空から来る。
そして、そのときに人類は絶滅する。
俺が生きていた世界では、外れたとされる予言だ。
すると、初音ちゃん(JKのすがた)は言った。
「……レンくんは、頭がいいね。それに聞かれちゃったんだね。
「……うん」
とはいえ、1999年には、俺たちは10歳だ。
初音ちゃんもJKにはなれていないはずなので、すべては説明できないけれど。
すると、初音ちゃんは言った。
「だいたいレンくんの言うとおりだよ。簡単に言うとね、わたしは世界を救うために過去に戻ってきたの。あなたの世界線――異世界のふたつの精神エネルギーを使って……」
「精神エネルギー?」
「うん」
初音ちゃんは指を立ててカウントしながら、俺に説明してくれる。
「ひとつは、殺されなければ生きられたはずのレンくんの未来。それから、お互いに
「ううむ……」
やはりよくわからないけれど。
「……つまり、君の中身は、1999年に10歳で死んだ初音ちゃんで、異世界の俺の魂を使って、過去に戻ったってこと?」
で、補助エネルギーとして、6歳の俺と17歳の初音ちゃんの気持ちを使用した、と……。
ややこしすぎる。
「うん、だいたい正解だよ。今は自分の
「ごめん、気づかなかった。どこ?」
すると、女子高生の初音ちゃん(10歳)は言った。
「――呼び方。レンくん、わたしのこと、なんて呼んだかな?」
「うぇ……?」
呼び方? 間違えた?
ええと、この初音ちゃんは、俺が知ってる初音ちゃんとは違う初音ちゃんで……初対面になるってことかな?
だとしたら……。
「え、えーと……初音さん? って呼んだほうが……?」
「ぶっぶー。 違いまーす!」
「え?」
初音ちゃんは、人差し指を横に振って。
「正しい呼び方は、初音お姉ちゃん♡ でした!」
「は、はあ!?」
いや、抵抗感がすごい。
「だって、本当は10歳なんだろ!? 俺のが年上だぞ!?」
おっさんなのに、ロリをお姉ちゃんと呼んではいけないだろ。通報案件になる。
「えー、でも、わたしは、こっちの世界だと2週目で、10歳お姉ちゃんなんだよ? レンくん」
「本体は? 誕生日、俺のが3日早かったはずだけど……」
「むー、本体はそうかもだけど、わたしの精神体は10歳なんですけど!! 超能力の学校?にも通ってたんですけど!!」
どうやっても、お姉ちゃんポジションを降りるつもりはないらしい。
……あれ? て言うか……。
「超能力の学校?」
そんなのあるんだ。
「うん、東京の
「……正直、興味ある」
使えるなら、様々な能力を使ってみたい。
ニュータイプスになりたいし。
すると、初音ちゃんは。
「えへへへぇ……。じゃあ、わたしのこと、なんて呼べばいいのかなー? ちゃんと呼んでくれたら、超能力、教えてあげるかもねー?」
「う……」
俺、転生前は2025年(36さい)まで生きたんだぞ……。
若いマッマをママと呼ぶのはまだしも、女子高生(精神年齢10さい)のロリ初音ちゃんを「お姉ちゃん」と呼ぶのは犯罪じゃないか……。
うーん……でも、超能力使いたいし。
そこで俺は。
「……教えてください、初音お姉ちゃん」
プライドを捨てることにした。
「はうぅっ!!」
「初音お姉ちゃん?」
初音お姉ちゃんは、俺に背中を向けてぷるぷる震えている。
「……うう、きゅんきゅんする。さすが、レンくんを一番求めていたときの
「……おい」
あれ、イメージ違うな。
ただ可愛かった初音ちゃんを返してほしい。
じっと見つめていると。
「あ……、こ、こほんっ! うん、レンくんのやる気は伝わりました。お姉ちゃんがね、
「うん、うれしい!!」
素直に答える。
「はうぅっ……っ!! このままじゃキュン死しちゃう……! ダメ、レンくん、そんな可愛い声しちゃヤダ……!」
「…………」
うん、俺、このお姉ちゃん(自称)の攻略法わかったわ。絶対チョロい。
てか、いつの間にか、初音お姉ちゃんは俺の頭を撫で回しているし。
ぎゅーっもしてきた。
俺の肉体が赤ちゃんじゃなければ、ふかふかの胸に興奮してしまうところだった。危ない、危ない。
背中に回された手がすりすり動いている。
てか、ショタをいじくり回すお姉ちゃんも犯罪なのでは……?
「初音お姉ちゃん……? そろそろ……」
「はっ……! こ、こほんっ! ……というわけで、明日から初音お姉ちゃんの超能力教室が始まります! 今日は能力を使わないでゆっくり休んで、また来てくださいね」
「え、明日?」
せっかくやる気になったのに。
「初音お姉ちゃん……、今日はダメなの……?」
「きゅんっ! レ、レンくん……。うう、女子高生のわたし、抵抗力なさすぎ……! でも、だめっ! あのね、レンくん。最初は、レンくんの最大エネルギーを見たいの。だから、6時間は能力を使わないで、ここに来てほしいな」
「はいっ、お姉ちゃん!」
「はああぁ……。レンくん……またぎゅーっしたい……。でもがまんがまん。ダメだよ、高校生のわたし……」
「あ……。で、でも……」
そう言えば。
「ここから帰る方法がわからなくて……」
「きゅんっ! かわいい……♡ 大丈夫だよ、ずっと一緒にいよ?」
「……お姉ちゃん?」
いま、俺はジト目をしている。間違いない。
「あ……、ご、ごめんね、レンくん。あのね、ここは内面世界。『出たい』というより『目覚めよう』と思えば帰れるから……」
「そうなんだ……」
やはりよくわからないが、試してみよう。
「じゃあ、レンくん。明日来てね。約束だよ?」
「うんっ。あ……、最後にひとつだけ、聞いてもいい?」
「いいよ♡ いまの胸の大きさかな? それともレンくんのどこが好きかかな?」
「どっちも違うよ……」
――俺は、気になっていることを聞いた。
胸に引っかかる違和感。
「……なんで、超能力を教えてくれるの?」
「え……? だって、それはレンくんが……」
「いや、そういうことじゃないよ。超能力ってさ、誰でも使えるわけじゃないんでしょ? むしろ犯罪にも使えるから、世間には隠されているんじゃないの? それを僕に教えてもいいの……?」
つい少年口調で聞いてしまう。
だが、聞いていることは間違いないだろう。
すると、初音お姉ちゃんは。
「……やっぱり、レンくんは頭がいいね」
真面目な顔で言った。
「……わたしね、1999年の先の未来を見たいの。楽しいだけじゃなくてもいい。わたしとレンくんが大人になって、歩いている世界――。21世紀を生きたい。そのためなら、なんでもする。そのためには、優秀な
「…………」
「……それに、
「ん……? なんて言ったの?」
「んーん、なんでもないよ。大人になって、レンくんと結婚したいって、この
「お、おお……」
女子高生(精神年齢10さい)に求婚されて、少し喜ぶ俺(36さい)。
……もはや、倫理観がバグってきた。
やっぱり、いったん外に帰ろう。
「初音お姉ちゃん、またね」
「うん! えへへ、わたしのレンくん……大好き! またねっ!」
(これで、「目を開けよう」と思えば……)
☆★☆
――目を開けた。
夕方だった。
窓から差し込むオレンジ色の光が、部屋の壁を優しく染めている。
マッマは台所で夕食をつくっていた。
テレビでは、教育テレビの『にこにこぽん!』が流れている。マスコットキャラクター3人の懐かしい声が聞こえる。
――白い世界など、ただの夢であったかのように。
でも……。
(さっきのは、夢……じゃないよな)
そう確信できるくらい、脳がまだ熱い。
実際に超能力がある以上、初音ちゃんの存在も現実のことだろう。
でも……。
(初音お姉ちゃん……。お姉ちゃんって、なんだよ……)
冷静になったら、恥ずかしくなってきた。
――――――――――――――――
ノストラダムスについては、
『ノストラダムスの大予言 ―――迫りくる一九九九年七の月、人類滅亡の日』(五島勉)を参照しています。
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